長年にわたり、国内PC市場で存在感を発揮し続けているDynabookが、新たなステージへと歩みを進めている。4月に就任した渋谷正彦社長は、組織の本領を引き出すべく、「現場・現物・現実」の三現主義を掲げ、国内事業を任されていた時代から手掛ける、徹底した現場起点の改革を加速。部材高騰やAIの台頭などによって激変するIT市場で、パートナーと連携しつつ、新たな価値創造に取り組む。
(取材・文/南雲亮平 撮影/大星直輝)
現場重視の体制へ
――入社から36年になります。社長就任は以前から意識されていましたか。
これまで社長は主に経営企画部門や海外事業部門の出身だったので、営業出身の自分が社長になるとは考えていませんでした。そのため、打診を受けた時には「青天の霹靂」でした。ただ、前任者からの期待に応えたい思いと、会社の円滑な運営への責任を感じお受けしました。
――社長としてどのような方針を打ち出したいですか。
まず、社員に伝えたのは「全ての原点はお客様にある」ということです。「お客様に認めていただく努力をしているからこそ会社が成り立っている。選ばれ続ける企業であるためには、お客様を決して忘れてはならない」という訓示を出しました。対価をいただいて仕事をするプロとして最低限持つべき意識であり、あらためて原点に立ち返って仕事に取り組んでもらいたいと考えています。
その行動指針として、「現場」「現物」「現実」の「三現主義」を掲げています。現場で直接問題や課題を把握し、現物で何かあれば責任ある立場の者が現場に出向き、現実をしっかりと見つめて判断する、という姿勢です。
――現場重視の考え方を反映した事業や戦略はありますか。
実は社長就任前から取り組みを始めていました。大きな例としては、国内事業統括部副統括部長だった2022年ごろ、会社の体制を大きく見直しました。従来は、本部に配属されている、チャネルやマーケットごとの責任者から報告を受ける体制でした。数字もその報告に基づいていましたが、それでは本部内で完結してしまい、現場の本当の姿が見えにくい状況でした。
そこで、全国を首都圏・東日本・中部・西日本の4エリアに分け、それぞれの支社長が本部に直接報告する体制に変更しました。現場にはルート別の営業も配置しているので、各エリアごとに数字を網羅できます。本部の部長たちは現場のサポート役に回りました。その結果、現場の情報がよりタイムリーに把握できるようになり、成功事例や失敗・対策の共有もスムーズになりました。
――体制変更の成果は感じられていますか。
この4年ほどで売上高が約1000億円増加し、2800億円台に成長しています。現場の意見を反映したものづくりや価格・供給量の判断、新規顧客獲得に向けた準備などが奏功しました。特に、これまで関与が難しかった中央官庁やGIGAスクール案件が順調です。例えば東京都庁では、10年かけて職員端末のシェアを100%にまで高めました。運用の利便性や、製造・販売・保守・運用支援といったサービスが一体となっている当社の体制など、さまざまな強みをご評価いただいています。GIGAスクールについても、「Windows」と「ChromeOS」のラインアップ拡充により採用が順調に増えています。
「顧客増」が最大の防御
――「Windows 10」のサポート終了(EOS)に伴う入れ替え需要の反動や、部材価格の高騰などの課題には、どのように対応されるのでしょうか。
まず、EOSに関連した需要については、前回の19年度と比べてエンタープライズのお客様の数が倍増しています。特需の後には反動減が避けられませんが、ここ4~5年かけてEOSを見据えて顧客基盤の拡大に取り組んできたことが、結果として最大の防御策になったと考えています。
一方で、世界的なAIブームによるデータセンターの建設ラッシュの影響を受け、メモリーやSSDなどの価格が高騰しているのも事実です。これに対して当社では、全社の機能を活用してベンダーとの関係強化や戦略的な先行発注に努めています。具体的には、通常時の約3倍となる3~4カ月分程度の部材を、適切なタイミングで確保するよう動いています。こうした取り組みによって、可能な限りコスト上昇分を社内で吸収すべく努力を続けています。
――価格上昇に関わる付加価値の一例として「AI PC」の広がりが見られますが、どのように販売につなげていく考えでしょうか。
AI PCは、高性能CPUや大容量メモリー・SSDの搭載により、従来のスタンダードPCと比べて販売単価が上昇します。私たちはこれを単なる「便利なツール」ではなく、企業の「ITインフラ」の一部として位置付けています。
現在、多くの企業経営者の皆様は、自社のAI戦略の状況に強い関心を持っており、情報システム部門からも現場の業務効率化や製品開発スピード向上の観点で、AI PCの導入を進言するケースが増えてきました。
このような状況を受けて、私たちはハードウェアの提供にとどまらず、お客様の用途や課題に応じた提案をさらに強化しているところです。例えば、クラウドAIだけでなくセキュリティーを担保したオンプレミス環境でのAIやハイブリッドAIの活用など、25年後半から26年にかけてAI導入に本格的に取り組まれる企業に対して、最適な環境を提案し、導入を後押ししていきます。
PCメーカーの枠にとらわれない支援
――ソリューション事業の現状を教えてください。
全社売り上げに占めるソリューション事業の比率は現在約10%ですが、将来的には20%を目指します。直近では、情報システムに不可欠となったAIの導入を支援する「生成AI導入支援サービス」への関心が高まっています。
当社はハードウェアメーカーですが、お客様の課題解決のためであれば他社製サーバーを調達し、当社の生成AIサービスと組み合わせて提供するなど、SIerに近い取り組みも行っています。機密データの活用に向けて、データのクレンジングから生成AIの定義、アウトプット方法の設計まで、お客様の習熟度に応じて、全面的なサポートや伴走支援など柔軟に対応しています。
また、ドライブレコーダーやウェアラブルグラスなどのエッジデバイスに、ソフトウェアやサービスを付加するビジネスも展開しています。これらはPCのような汎用性こそありませんが、特定の業務用途で高い付加価値を提供できる分野として、着実に実績を積み上げています。
――海外事業はいかがでしょうか。
率直に申し上げると、北米市場では苦戦しており、順調とは言えない状況です。現状を打開すべく、本年度中に体制・製品・戦略の抜本的な見直しを行い、巻き返しを図る予定です。一方、アジア(シンガポール、台湾)やオセアニア(オーストラリア、ニュージーランド)は堅調に推移しています。最大の課題である北米法人と、カナダも含めて見ているシャープ側の経営連携をどのように進め、建て直しを図るかが海外戦略の最優先事項となります。
――パートナー戦略についての取り組みもお尋ねします。
GIGAスクール構想第1期・第2期を通じて、当社の販売パートナーは全国で約1.5倍に増加しました。今回新たにご縁をいただいた皆様も含め、パートナーとの関係を非常に大切に考えています。
今後は、まずソリューション領域で自ら実績を積み、知見を蓄えたうえで、それをパートナーに展開していくという2段階の体制を整えていく方針です。PCやソリューションともに、民間企業・自治体・教育という三つの市場に対し、パートナーと共にアプローチしていく姿勢は、私が現場を任されていた頃から一貫して変わりません。
――「dynabook」をどのようなブランドにしたいですか。
dynabookはアラン・ケイの理論に基づき、36年間多くの皆様にご愛顧いただいている大切なブランドです。私が社長に就任しても、このブランドを大切にし、育てていきたいという思いに変わりはありません。
一方、「dynabook=ノートPC」というイメージが非常に強いため、ドライブレコーダーやAIソリューションを展開する際に「ブック型ではないのに」といった違和感を持たれる可能性について懸念しています。
今後、事業領域の拡大を見据え、Facebookが「Meta」へと社名変更し事業を多角化したように、当社もいずれ社名のあり方を検討する時期がくるかもしれません。もちろん、現時点ですぐにというわけではありませんが、dynabookという製品ブランドは末永く大切に守りながら、会社としてはより幅広い価値を提供できる存在へ進化していく覚悟です。
眼光紙背 ~取材を終えて~
現場起点の報告ルール体制を整えたのは、成功例だけでなく失敗例もすべて全社で共有するためだ。例えば、東で成果が出た取り組みを西でも展開し、西で課題があったことは東で回避するなど、知見を蓄積し有効活用することを重視する。
とはいえ、失敗を報告することにためらいを感じるのも無理はない。そのため、失敗があっても「叱責や叱咤はしない」。一方で、情報収集力の高さを背景に、後から事実が判明した場合には適切に対応する姿勢をとる。「長く現場の営業を担当してきたことで、全国のパートナー幹部とネットワークがある」。何かあれば情報網を通じて必ず耳に入るため、国内事業を任された時点で、現場も「隠し事はできないと感じたはずだ」という。
現場からリアルな情報が集まるようになると、組織風土やものづくりの現場にも変化が起き、売り上げも伸びた。「本当に一番頑張っているのは現場だ」。現場重視の姿勢が会社に新しい風をもたらしている。
プロフィール
渋谷正彦
(しぶや まさひこ)
1965年生まれ。90年、東芝情報機器に入社。2022年にDynabook執行役員国内事業統括部統括部長、同年に執行役員国内PC事業本部事業本部長、23年に常務執行役員国内PC事業本部事業本部長、25年に副社長執行役員、同年に取締役副社長に就任。26年4月から現職。
会社紹介
【Dynabook】1954年に創立された川崎タイプライタを源流とし、58年に東京芝浦電気(現東芝)が全株式を取得して以来、東芝傘下で事業を展開。国内、海外におけるPCおよびシステムソリューションの開発、製造、販売、サポート、サービスを手掛ける。2018年にシャープグループ入り。19年、Dynabookに社名変更。