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<OVER VIEW>IT不況克服、米有力メーカー戦略を検証 Chapter1

2002/10/07 16:18

週刊BCN 2002年10月07日vol.960掲載

 IT不況克服に向け、米有力メーカーは新戦略を展開し始めた。マイクロソフトはこれまでのエンタープライズ注力の既定方針をSMB(中小企業)市場重点へと切り替えた。同社は、買収したグレート・プレインズなどのソフトを自社ブランドのSMB向けERP、CRM、SCMソフトとして発売する。ウィンドウズで高い伸びは期待できなくなったと認識するマイクロソフトは、全世界81万社のチャネルパートナーを動員して、SMB向け業務ソフト普及に向けて動き出した。(中野英嗣)

マイクロソフト、世界SMB市場重点戦略へ

■マイクロソフト、既存商品伸び率低下

 2002年中盤を過ぎても世界IT市場は回復の兆しが見えない。このため米有力ITメーカーは、それぞれの立場で不況克服のための新しい戦略を展開し始めた(Figure1)。

 マイクロソフトは世界のSMB市場重点の戦略を、デルは有力メーカーとして初めてのノーブランド・ホワイトボックスを小規模システムインテグレータ(SIer)に供給し始めた。IBMはプライスウォーターハウスクーパース・コンサルティングを買収し、ワンストップ型ITサービス体制を確立する。サンはLinux市場へ参入した。これらの戦略には、新市場開拓や高付加価値ビジネスの追求、アーキテクチャ戦略転換など明確な狙いがうかがえる。

 一方、経営環境が厳しくなったHP、サン、EMC、オラクルは、チャネルパートナー数の絞り込みによるコスト削減という縮小均衡策を採る。このなかで最も早く新戦略を公開したのは、02年7月から新会計年度に入ったマイクロソフトだ。

 マイクロソフトの02年6月期決算売上高は前年比12.1%の伸びで、IT不況下でも相変わらず堅調に見える。しかし、同社のデスクトップ売上高伸長は、ウィンドウズXP発売によって7%台を維持しているものの、これまでビル・ゲイツ会長が注力してきたサーバーやミドルウェアなどエンタープライス製品の伸びは前年の18%台から5%台へと落ち込んだ。

 同社2ケタの売上高伸長を支えたのは、01年秋から発売したゲーム機「Xbox」の売り上げであった(Figure2)。

 売上増加額30億6900万ドルの53.2%はコンシューマ関連であり、エンタープライズの占める割合は9.1%にとどまった。またデスクトップの伸び7.5%は新発売のXPによるものであり、デスクトップ・アプリケーションの伸び率は0.6%と横這いであった。

 従って、マイクロソフトもXboxがソニー、任天堂と競合しながら大きく伸びなければ、今後の2ケタ成長は難しい。

■マイクロソフト、SMB注力で顧客の満足度向上図る

 マイクロソフトのスティーブ・バルマーCEOは、新年度戦略の社員説明会冒頭で次のよう述べた。

 「ここ数年、当社はあまりにも多くの有能社員をSMB対応からエンタープライズへ集中し過ぎたという大きな過ちを犯した。この反省を踏まえて、今後は世界SMB市場重点へと戦略を転換する」(Figure3)。

 同CEOはさらに次のように補足した。「ウィンドウズで、今後年20%成長を維持することは不可能だ。このため当社はSAP、シーベル、オラクルなどの業務アプリケーション市場を狙う。しかし、これらコンペティターとエンタープライズ市場で競合してはならない。SMBを狙うマイクロソフトの顧客はユーザー企業ではなく、SMBと日常的に接触する当社全世界81万社のチャネルパートナーだ。当社が世界のSMBを狙い、.NETを基幹プラットフォームにして当社のSMB向けERP、CRM、SCMを普及させるには、顧客であるパートナーの満足度向上が大きな課題となる。このため全社員を顧客満足度向上で評価する新制度を導入する」

 マイクロソフトのワールドワイド・セールスマーケティング副社長、オーランド・アヤラ氏は次のように説明した。「当社にとってチャネル満足度がキーとなる。このため、02年7月新年度から、社員は上から下まで、顧客満足度向上度に応じてボーナスの50%が決定される制度を採用する。満足度さえ十分向上させられれば、社員年俸は天井なしで上がることになる。これによって、当社に対するチャネルの不満はまたたく間に解消される」

 さらに同社は、顧客満足度向上マインドの高い人材を開発要員として採用する方針も公表した。

 バルマーCEOは、この決断に至った経緯をウォールストリートで次のように語った。「ビル・ゲイツ会長は私のSMB市場重点戦略に必ずしも賛成でないと発言した。しかし自分はゲイツ会長に、企業戦略決定者はCEOであることを告げた。ビルはまだCEOでないことがよくわかっていないのかもしれない」

■買収ソフト会社の業務ソフトでアプリケーションを品揃え

 バルマーCEOは、「エンタープライズでSAP、シーベルの牙城を崩すのは容易ではない。しかし世界のSMBではERP、CRMはほとんど普及していない。当社がこれら業務ソフトを揃えれば、米国で600-700万社、日本では150-200万社の需要がある」と説明している。

 マイクロソフトは11億ドルで買収した会計/CRMソフト会社「グレート・プレインズ」と、13億ドルで買収したERP開発「ナビジョン」の業務ソフトをベースとして、SMB向け新サーバー・プラットフォームと業務アプリケーションソフトを次々と発売する方針を発表した(Figure4)。

 さらに、これら2社の業務ソフトを逐次統合し、最終的にはeビジネス向けスイートとして販売する。

 マイクロソフトはSMBチャネル強化のため2年間で5億ドル(600億円)を投入すると発表している。これらの新戦略に対して多くの米SIerは大きな期待を抱く。しかし、この新戦略には「マイクロソフトははるか後方からSAP、シーベルを追いかけることになり、正面から競合できるような品揃えになるまでには長い期間が必要だ。しかも同社のバージョン1.0製品は誰も買わないという風潮も定着した。これはマイクロソフトにとって大きなマイナス要因となる」という、懐疑の声も一方では強い。

 マイクロソフトは米国小企業に影響力の強い会計士集団をSMB戦略に活用させるため、取引先SIer10万社を擁する巨大ディストリビュータ「イングラム・マイクロ」とも提携し、小企業戦略も強化した(Figure5)。

 このマイクロソフト新戦略に関し、ITアナリストのロイアン・ベリー氏は次のように解説した。

 「業務ソフトに弱かったマイクロソフトは、ソフト会社買収という得意の手を使った。これから同社は.NETで多くのISV(独立系ソフト会社)が業務ソフトを開発するように仕向けるだろう。これらISVの100社に1社ぐらいは評価の高い業務ソフトを開発する。マイクロソフトはこれらISVをグレート・プレインズのように買収し、その業務ソフトをマイクロソフトブランドとするという、うまい手を考えた」(Figure6)。
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