サイボウズがバスケットボールのチームを取得した──。およそ1年前、突然舞い込んできた知らせに頭の中は「?」だらけに。確かに、広告宣伝や地域貢献の観点から、企業がスポーツチームの運営に乗り出すことはさほど珍しくない。しかし、サイボウズが目指すのは「まちづくり」だという。さらに青野慶久社長は「本業とのシナジーを生み出したい」とも話す。ソフトウェアビジネスとスポーツとまちづくり。一見すると無関係な要素を貫くキーワードは「チームワーク」だ。
(取材・文/藤岡 堯)
2025年6月、サイボウズは、プロバスケットボールB2リーグの「愛媛オレンジバイキングス」(バイクス)を運営するエヒメスポーツエンターテイメントを子会社化し、チーム運営に参画した。スポーツチームを取得した背景には、サイボウズが掲げる存在意義(パーパス)の「チームワークあふれる社会を創る」がある。
サイボウズの考えるチームワークとは「チームのメンバーが共通の理想に向かって役割分担しながら協働し、チームの生産性と働く人の幸福度が高い状態」だ。そのために、情報共有は欠かせないと考えている。そこで、グループウェアの「サイボウズOffice」やノーコードツールの「kintone」など、情報共有や対話を促進するソフトウェアサービスを開発・提供し、多様な組織のチームワーク向上に取り組んできた。
企業を中心にツールは浸透し、自社の成長と並行して、導入現場でのチームワークは着実に高まっている手応えはあるものの、「1社1社のチームワーク向上に寄与するだけでは、社会を変えるスピードとして遅いと感じていた」と、執行役員人事本部長の中根弓佳・チームワークあふれるまちづくり室長は語る。
チームワークあふれるまちづくり室の
中根弓佳・室長(左)と高木一史氏
バイクスが「エンジン」に
点の改善から、より面的な広がりを生み出し、なおかつ、自社のソリューションを普及させるには何が必要か。こういった課題感を抱えていたところに、バイクスの経営に関する相談を受け、これをきっかけに「まち」をフィールドにチームワークを育てるアイデアが生まれていったという。また、愛媛県がサイボウズ創業の地であり、現地に拠点があり、地域との関係が比較的深いといった要素もチャレンジの後押しとなったようだ。
愛媛オレンジバイキングス。サイボウズはチームの経営にkintoneを導入し、
効率化を進めている。チームは2024-25シーズンに5勝55敗で西地区最下位だったが、
サイボウズが参画後の25-26シーズンは38勝22敗で西地区2位となり、
クラブ初のプレーオフ進出を決めている
とはいえ、まちのチームワークと、スポーツチームがどう関係するのか。この問いに対して中根室長は、まずは「まちをチームにする」ためだと説明する。そもそも、特定の目的の下に従業員が集う企業などとは異なり、まちは偶然その場所に存在する人をグルーピングしたものに過ぎず、一般的にはチームと呼べる存在ではない。分散する多様な個人の集まりをチームにするところから始めなければならないのである。
まちに集まる人をチームとするために、バイクスはいわば「エンジン」(中根室長)として機能する。スポーツチームから生まれる熱狂や喜びが人々を一つにまとめ、地域への誇りや愛着をはぐくむ。そこから「まちをもっと良くしたい」という土壌が生まれて初めて、サイボウズが提供するITツールやDXの手法が意味を持つ。スポーツチームを媒介として、個人の集まりを擬似的なチームとしてまとめ、チームワークを大切にする文化を定着させる。これが社会のチームワークを高めるための、面的な取り組みにつながるのである。
まちづくり室は、バイクスの運営関連に加え、まちをチームとし、チームワークを向上するための取り組みを担う。後者については、25年9月に松山市と包括連携協定、26年4月には愛媛県松前町と連携協定を締結した。特に松前町とは地域全体でkintoneを活用したDXを展開する共同実証実験「チームワークシティまさきプロジェクト」を開始しており、町内の行政組織や行政に関係する団体、町民組織がkintone上で情報共有を図り、チームワークを高めるモデルの構築を目指している。kintoneを中心としたサイボウズ製品は自治体でも数多く採用され、連携協定を結んで行政内のDXに取り組むケースも増えているが、町全体をフィールドとする試みは初めてだ。
協定の締結式に臨む
サイボウズの青野慶久社長(右)と松前町の田中浩介町長
ただし、当面は役場内のDX支援が中心となる見通しという。同室の高木一史氏は「町のチームワークのハブになるのは役場だ。役場から役場周辺の組織、役場と関係するところへと輪を広げ、最終的に町民のレベルにまで進めたい」と展望する。町民の組織に関しては、子ども会や、ボランティア団体、自治会、マンションの管理組合など多岐にわたる組織を想定している。すでに役場以外の組織として、地域の祭事の実行委員会事務局や町の指定管理業者にkintoneを導入してもらい、課題解決に向けた実証に乗り出しているという。
kintoneの導入と並行して、チームワークの醸成に欠かせない文化や風土の変革も進める。ここでバイクスの存在が意味を持つ。中根室長は「(町民に)いきなり問題解決をしましょう、と言っても難しい。精神的なつながり、親しみを感じられるものがあれば『一緒に良くしていこう』『助け合おう』という方向に近づいていく」と述べる。バイクス自身もチームとして、地域防災や子ども食堂などの活動を手掛けている。中根室長は「サイボウズはITから、バイクスは人のつながりの中から、地域の課題を解決しようとしており、うまく重なり合うはずだ」とみる。
kintoneのユーザー基盤拡大に期待
ビジネス面への寄与に関しては、やはり地域にどれだけkintoneを浸透できるかがかぎとなる。高木氏は「kintoneで本当に便利になる仕組みを構築できるという事例が生まれれば、町という単位でkintoneのユーザー基盤を一気につくれるのではないか、という仮説を立てている」と話す。
ただ、kintoneのアカウントを渡すだけですぐにユーザーが増えるとは考えていない。サイボウズでは非営利団体を対象とした製品ライセンスを用意し、幅広い団体が利用している。しかし、ITを得意とする管理者がいる間は良いものの、その人物が離れてしまうことで、製品が利用されなくなるケースは少なくない。町単位においても同様の事態が起きるとみて、管理を一元的に担える人材を町内で育てて配置することも模索している。
また、kintoneは企業での利用を前提とするため、「町」という単位であるべき情報共有の姿が見えていない部分がある。例えば、役場と町民の間でどのような情報を共有すべきか、といった点など、今後の検討課題は少なくない。一つ一つ解消していく中で、もしかすると「kintoneに製品としての進化の余地があるかもしれないし、kintoneではない新しいプロダクトが必要になるかもしれない」(高木氏)。
他方で、すでにプロジェクトの副次的な効果が表れ始めている。プロジェクトに関わっている地域の担い手がkintoneの利便性を理解し、自身の勤務先への導入にまで至ったケースが出ているそうだ。
パートナーの力を借りて横展開
パートナーへの影響も気になるところだ。サイボウズは昔からパートナーエコシステムを重視している企業であるが、今回の取り組みは、サイボウズ自身が直接的に、自治体や地域に入り込もうとしているようにも見える。この懸念に対して、高木氏は「これまで培ってきたパートナーエコシステムがあるからこそチャレンジできる」と強調する。
現在はトライアル段階であるため、サイボウズが直接的に実践しているが、愛媛で「チームワークシティ」のモデルを確立した後は、パートナー経由で横展開する青写真を描く。「日本全国、その先に海外にもと考えれば、サイボウズの力だけでできるはずがなく、エコシステムの力がなければ絶対に実現できない」(高木氏)。
中根室長は「得たノウハウは惜しみなくパートナーの皆さんに還元したい。逆にわれわれが分からない部分で、皆さんがご存じなこともある。皆さんの知見も取り入れることで、(チームワークシティを)より速く広げられる」と期待を寄せる。
長い目でみると、チームワークシティの具現化は、一つの自治体だけでは成り立たない。実際の行政運営やまちづくりは、市区町村という基礎自治体の枠組みだけで完結せず、都道府県との関わりや、複数の基礎自治体による広域連携によって、かたちづくられているからだ。松前町で言えば、町単独で情報共有のあり方を最適化できたとしても、周辺の基礎自治体や愛媛県との連携が不十分では、効果を発揮しきれない。高木氏は「愛媛県全体で盛り上がるようなチームワークのかたちを目指したい」と意気込む。
プロジェクトはまちづくり室だけでなく、自治体や非営利組織の担当部門などが組織横断で参画し、サイボウズの全社的ノウハウを注ぎ込んでいる。苦労も少なくないが、中根室長は「まちを良くするという新しいチャレンジにワクワクしており、共感して『一緒にやろう』と言ってくれる人たちが増えていくことに面白みを感じている。サイボウズらしく、DXを進めるとともに、(チームワークを大切にする)文化をつくりあげるところを目指したい」と見据える。
サイボウズのまちづくりは、自社の存在意義をより広いフィールドへ拡張するとともに、次の成長ドライバーを模索する試みでもあり、パートナーに新たな商機をもたらす可能性をも秘める。まちという新たなフロンティアで、サイボウズはさらなる進化を果たせるだろうか。