視点

素晴らしき哉、人生!

2008/02/11 16:41

週刊BCN 2008年02月11日vol.1222掲載

 アニメや映画など、動画作品を国境を越えて広める原動力は、字幕からわいて出る。字幕を英語でいえば、サブタイトル。日本のアニメが世界に広まる過程で、マニアが自ら付けたファンサブの非合法流通は大きな役割を果たし、同時に正規製品のマーケットを脅かすという問題を生んだ。字幕を軸に繰り広げられてきた文化の伝搬と産業構造確立の圧力のせめぎ合いは、それ自体が人の心の色模様を描き出す、ドラマにほかならない。

 だが、この一文で書きたいのは、ここに灯った小さな希望だ。

 著作権の保護期間を過ぎたものという枠の中で、筆者はテキスト・アーカイブの育成にたずさわってきた。ある期間は保護し、以降は自由な利用に任せるという著作権法の枠組みを、文化振興の方策として、私は信頼する。テキストだけではない。アーカイブは、音楽や動画に広がる。クラシック音楽では、すでに実績があがっている。次は動画。投稿サイトは、これだけ育った。早晩、公有となった映画を広く参照できるようになる。だが、外国映画には、字幕の問題が残る。

 その日本語字幕付き公有作品が、ネット上で公開された。フランク・キャプラ監督の「素晴らしき哉、人生!」だ。作業に当たったのは、青空文庫にも翻訳を登録してくれている、大久保ゆうさん。題名と訳者名で検索してもらえれば、URLはわかる。まだ、冒頭30分だけのベータ公開だが、字幕が果たす役割の大きさは、十分に伝わってくる。

 作品の冒頭、自由の鐘が鳴る。第二次大戦中、米軍の映画作りにあたったキャプラは、ハリウッドには望めない自由な製作環境を求め、リバティ・フィルムを設立した。その第一作が1947年公開のこの作品だった。だが、膨らんだ製作費を回収できるほどのヒットには至らず、同社は都合二作を生み出しただけで、大手映画会社に買収される。失敗作とされたこの作品の権利は、転売が繰り返された挙げ句、当時のアメリカで求められていた著作権の更新手続きのミスから、1974年には切れてしまう。無料で利用可能となったこの映画を、テレビ局は舞台設定のクリスマス・イブに繰り返し放映した。

 「友ある者は、敗残者ではない」と、人間性への愚直な信頼を歌い上げた作品は、著作権の保護を外れたことで、再評価のきっかけをつかんだ。無償の字幕付けの努力を得て、日本でも、広く、長く愛され続けるに違いない。素晴らしき哉、人生!
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