産学官の連携によるIT産業振興が実を結び、Rubyの先進地域としての地位を確立した島根県。しかし、好調がいつまでも続くわけはないとみて、県はすでに新たな施策を打ち出している。アジャイル開発や自社サービスの提供、ユーザー企業との密接な結びつきによる“パートナー型ビジネス”など、ソフト系IT企業に対して、従来の受託ソフト開発からのビジネスモデルの転換を訴求している。(取材・文/真鍋 武)
Ruby×アジャイル

島根県商工労働部
産業振興課
情報産業振興室
杉原健司 企画員 島根県では、首都圏などからの受託ソフト開発の案件が増えている。しかし、島根県商工労働部産業振興課情報産業振興室の杉原健司企画員は、「好調がいつまでも続くとは思えない。余裕があるうちに、新たな強みを身につけてもらう必要がある」と考えている。島根県のIT産業は好調でも、日本全体のIT市場は停滞しており、2012~17年の年平均成長率(CAGR)は、0.1%と予測されている(IDC Japan)。とくに受託ビジネスは、近年のクラウドサービスやオフショア開発によって、案件が小型化・減少している状況だ。
島根県のソフト系IT企業は、Rubyの技術者とノウハウが豊富だが、市場全体の案件数が減ってしまえば、影響を受けざるを得ない。また、Rubyの振興に力を注ぐ他の地域が現れて、島根県と競合する可能性も否めない。そこで、島根県は、Rubyと相性がよく、まだ全国のソフト産業に浸透しきっていないアジャイル開発方式を振興して、県内ソフト系IT産業を強化しようとしている。

Ruby開発者
まつもとゆきひろ氏 オープンソースのオブジェクト指向プログラミング言語であるRubyは、「ソースコードが簡潔なので、Javaなどのプログラミング言語と比べて、少人数・短期間で開発できる。また、コミュニティの動きが活発で、Rubyの機能・性能の向上スピードは他のプログラミング言語と比べて速い」(Ruby開発者のまつもとゆきひろ氏)という特徴がある。さらに、ウェブアプリケーション開発のための「Ruby On Rails」などのフレームワークも充実している。短期間でプロトタイプを作成し、その後、複数回にわたって必要な機能を追加したり、不要な機能を削いだりしてシステムを完成させていくアジャイル開発方式に向いている言語というわけだ。
杉原企画員は、「これからのITビジネスでは、スピーディなサービス開始、初期投資の抑制、スケールアウトの柔軟性がユーザーから求められるようになるが、Rubyとアジャイル開発を組み合わせることで、これらの要求を満たすことができる」と説明する。実際に県は、2010年に、「Rubyビジネスモデル研究実証事業」を実施。地元ソフト系IT企業の4社に対して補助金を助成して、アジャイル開発方式を採用したユーザー企業の業務システム開発を行った。各社が開発したツールは、すべてOSSとして無償公開し、他の県のITベンダーにもノウハウを共有してもらっている。
事業に参加した日本ハイソフトの杉原悟代表取締役は、「従来の開発方式と違って、顧客と毎週打ち合わせを行いながら開発を進めていくことは、大変だけど新鮮だった。ユーザー企業の認知度があまり高くないので、アジャイル開発の案件が、実証事業後に劇的に増えたわけではないが、当社にできる提案の幅が広がったことはありがたい」と語る。
現状に甘んじるな
アジャイル開発だけでなく、根本的なビジネスモデルの転換も訴えかけている。県内では、自治体のシステム構築の際にも、Rubyを優先的に採用している経緯があるため、地場ITベンダーは、大手ITベンダーからの下請けというかたちではなくて、自治体と直接契約を結ぶ機会が増えている。しかし、自治体案件は限られているので、全国的には依然として受託ソフト開発の市場は厳しい状況にある。
そこで、「納めて終わりの請け負い・下請けビジネスから脱却し、各企業がパッケージやクラウドなどの固有のサービスの提供や、ユーザー企業との密接な結びつきによる“パートナー型ビジネス”に積極的になってもらうことを訴求している」(杉原企画員)という。県は、IT産業振興に1億5000万円の予算を設けているが、このうちの6000万円を、ビジネスモデルの転換に積極的な企業に対する支援にあてている。
“パートナー型ビジネス”というのは、新規のウェブサービスを提供する事業者とIT企業とが密接に結びついて、共同で事業を創出するビジネスモデルだ。これは、クラウド基盤上に顧客の業務システムをスクラッチ開発して、納品することなく継続して運用・改修までのサービスを提供するソニックガーデンの「納品のない受託開発」を参考にしている。“パートナー型ビジネス”は、受託開発でありながらも、構築したシステムの恒久的な改善を前提に、月額固定制で提供するモデルなので、IT企業からすれば、安定して収益があげられるメリットがある。
しかし、ユーザー企業にとっては、仕組みを理解することが難しいうえに、従来型の案件とは勝手が違うので、抵抗感も大きく、簡単に普及するとは考えにくいのが実際のところ。杉原企画員は、「ハードルが高いことは承知している。それでも、まずはやってみることが大事。12年度に開始したが、昨年度は3件、今年度は2件の“パートナー型ビジネス”が生まれている。Rubyビジネスの好調さにすがるのでなく、好調だからこそ新たなビジネスを創出して、受託ビジネスで立ち行かなくなった際のリスクヘッジをしておく必要がある」と説明する。10月からは、ITベンダーとユーザー企業を巻き込んだ勉強会や、マッチングイベントなどを開催し、“パートナー型ビジネス”の実ビジネスとしての普及を目指す。