漁業は、農業と同じで事業者が減り、IT化が遅れている産業だ。農業に適したITソリューションを提供するITベンダーは最近になって増えてきたが、漁業に適したITを提供するITベンダーは少ない。漁業向けITビジネスの可能性を探る。(構成/木村剛士)
【User】漁業事業者数はこの20年で半減
漁業とは、魚介類を収穫して販売する事業のことをいう。魚介類を干物や練り製品などに加工する事業者は、漁業ではなく、水産加工業に区分される。日本は海に囲まれ、漁業が盛んと思われがちだが、実際には漁業生産量は年々減っている。
農林水産省が5年に一度行う調査「漁業センサス」(2008年版)によると、日本の海面漁業の生産量は、1988年の時点で1258万7000トンだったが、その後、徐々に減り続け、2008年では551万5000トンになっている(図1)。この約20年で半分以下に減少したことになる。漁業を営む事業者も減っており、漁業経営体数は1988年では19万271だったが、2008年では11万5196(図2)。およそ4割減少した。
事業者の減は、生産の減につながる。農業や林業の縮小は、日本の社会・経済の大きな課題だが、同じ第一次産業の漁業も例外ではない。この数十年で減退の一途をたどり、歯止めがきいていない。漁業は、東名阪といった主要商圏よりも、地方のほうが盛んで、地方の雇用を創出する重要な産業。漁業の減少は、地域産業の縮小も意味しており、深刻な課題になっている。
減少傾向であること以外にも、農業と同じ傾向が漁業にはある。それが六次産業化だ。六次産業化とは、獲った魚介類を販売する以外に、漁業に関連した別の事業を営むことをいう。農業では観光農園や農作物の加工業を始める農家が急増しているが、漁業でも同じ現象がみられる。水産加工業を始めた漁業経営体は2000を超え、遊漁船業を始めた漁業経営体は、約6000となっている(ともに2008年の数値)。
単純に魚介類を獲って販売するだけでは経営が成り立たなくなり、並行して別の事業を営むケースが増えているのだ。農家と同様に、漁業事業者は苦しい経営環境にさらされているということだ。
【Vendor&Maker】有力ITベンダーは存在せず
農業では、このところNECや富士通、日立製作所といった大手ITベンダーが農業支援に特化したITソリューションを用意し始め、地方では農業向けITソリューションを開発・販売するベンチャー企業もいくつか登場している。だが、漁業向けではそのようなITベンダーが少ない。その理由は単純明快で、現時点でITベンダーにとって魅力的なマーケットとはいえないからだ。
顧客になり得る対象が少ないうえに、ITリテラシーが乏しく、ITを売り込む土壌が整っていない。産業として縮小しているから、ITの予算も乏しい。そして、農業と同じように、古い流通構造が今でも根づいていることもIT化を遅らせている。結果、漁業に適したITソリューションを開発するベンダーも現れないという状況だ。
ただ、そんななかでも、漁業のIT化に果敢に挑むITベンダーがいる。代表的なのが中堅SIerのミツイワだ。ミツイワは、一般企業を対象にしたSIビジネスが得意な会社だが、新規事業企画の一環で、IT化が遅れている漁業に目を向けた。
ミツイワが着目したのは、製造業や流通業、金融業向けに行っている基幹系システムの構築ではない。古い流通構造を見直す仕組みをITで提案しているのだ。売り手となる漁業事業者と魚介類を必要としているバイヤーを結びつけるシステムを開発。システムを納めるビジネスではなく、システムの利用回数に合わせて、その利用料金を徴収するというモデルを推進している(図3)。ミツイワのこれまでのビジネスとはまったくかけ離れた展開だ。
一方、大手ITベンダーのなかでは、日本IBMが動いている。日本IBMは、ITを使った都市開発「スマートシティ」の一環として、漁業のIT化も推進。「スマーター・フィッシュプロジェクト」という取り組みを大学などとともに立ち上げた。漁業の六次産業化を支援するプロジェクトで、温度管理センサとクラウドなどを用いて、新鮮な状態で魚を販売する新たな流通の仕組みを構築し、漁業事業者の販売機会を増やそうとしている。漁業のIT化遅れは政府も問題視しており、今後、農業と同様に政府が支援して漁業のIT化をITベンダーとともに進める可能性がある。今はまだ漁業向けITベンダーといえる存在は皆無に近いが、漁業の衰退を止めるためにITは必須だけに、今後はミツイワのようなITベンダーが増える可能性がある。
【Solution】漁獲と販売を支援するシステムに商機
ITビジネスのチャンスが大いにあるとはいいがたい漁業だが、可能性がある分野として、ウェブを使った売買システムがある。魚介類が小売店や飲食業者に届くまでには複数の卸売販売会社や仲介事業者を介することになる。そのため、漁師が小売店、飲食店に販売することは、かなり困難だ。ただ、ウェブを使えば、売り手と買い手の情報をマッチングして即時に売買を成立させることができる。前出のミツイワや日本IBMもそうだが、ITを使った新たな流通の仕組みを提案する余地は残されている。
もう一つチャンスがありそうなのが、漁師向けの漁獲支援システムだ。鹿児島県水産技術開発センターは、漁獲量の減少や漁師の高齢化、後継者不足を問題視し、県内の漁業者向けに漁海況情報を迅速に収集・分析、提供することで、効率的な漁業を実現するシステムを構築した(図4)。
ホームページで人工衛星情報やフェリーからの情報、浮魚礁の情報、長期予報や赤潮情報などを集めて迅速にウェブで提供し、漁業者がリアルタイムな情報をいつでも入手できるようにした。こうしたシステムは、一つの漁業経営体が単独で構築するのは難しいかもしれないが、漁業協同組合や自治体ごとで構築することは可能だ。
ここで重要になるのが、システムがクラウド化されていることだ。農業と同様に、漁業事業者のIT投資は多くない。一事業者、一組合でITに投じられる費用には限界がある。オンプレミス型システムよりも、初期投資が少なくて済み、毎月・毎年の利用金額も少なく、共同利用もしやすいクラウドでの提供は、ITベンダーにとって必須になるだろう。
また、端末にもビジネスチャンスがある。携帯電話とパソコンしかITを操作する端末がなかった時代は終わり、スマートフォンやタブレット端末といった屋外で利用しやすい端末が登場している。防塵・防滴機能をもつスマートデバイスも数多く登場しており、漁業事業者が操作しやすい端末が出ている。漁業を支援するクラウド型の情報システムと、それを操作するスマートデバイスには商機がありそうだ。