阿部牧子さんは、改正「男女雇用機会均等法」が成立して数年がたった1989年に、大手システムインテグレータのNTTデータに入社した。女性の総合職がまだ少ない時代に、「女性もきちんと働かせてくれる」とみたIT業界に入り、開発や営業の現場で経験を積んだ後、管理職の道を歩んできた。現在は、営業部長として12人の部下を率いながら、公共分野のお客様を対象にして年間40億円の受注を目標に掲げている。阿部さんは、営業活動を「戦争」と捉え、顧客との密な関係づくりを徹底する姿勢を前面に押し出して、「戦うチーム」をリードしている。(構成/ゼンフ ミシャ 写真/津島隆雄)
[語る人]
NTTデータ 阿部牧子さん
●profile..........阿部 牧子(あべ まきこ)
1989年、NTTデータに入社。5年間、開発現場でエンジニアとして活動。6年目に営業に配属され、ソリューション提案に従事。13年目から課長として新規事業推進に携わり、16年目に部長に昇格して新規顧客の開拓を担当。その後、外資系コンサルティングファームへの転職を経て、NTTデータに復帰し、現職に就く。
●所属..........NTTデータ
公共システム事業本部
第一公共システム事業部
営業部 第一営業担当
部長
●担当する商材.......... 公共向けのシステム構築
●訪問するお客様.......... 公共分野の大手顧客
●掲げるミッション.......... 既存システムの更改と新規開拓(年間の受注目標は40億円)
●やり甲斐.......... 新たな領域の開拓を任せてもらい、新規事業をかたちにすること
●部下を率いるコツ.......... 「本人の長所」を示唆してモチベーションを高める
●リードする部下.......... 12人
作戦を練って徹底実行
武器を駆使して敵を倒し、受注という目的を果たすという意味で、営業は戦争と同じようなものだと、私は考えている。部下たちに各自の強みを示唆して、自分はどんな武器をもっているかを意識させることによって、彼らの「戦う精神」を鍛える。私は営業部長として、戦場で指揮を執る大将のような動きを展開し、競争をかいくぐってお客様から注文をいただくこと、つまり勝利につなげている。
今年1月、あるお客様に呼び出された。部長の私が指名されたわけだから、「よくないできごと」を予感しながら訪問して、話をうかがったら、案の定、「NTTデータに不満がある」とお叱りをいただいた。競合会社と比べて、当社の対応はこことここが悪いと厳しく指摘され、改善しなければ、システム更新を他社に切り替えるといわれた。当部署の年間売り上げを支える大口のお客様なので、私は覚悟を決めて「わかりました」と答え、帰社して、すぐに手を打った。
まずは営業メンバーを集めて、社内で改善プロジェクトを立ち上げた。営業現場のほかに、技術部隊のトップと営業の統括部長にも、大切なお客様を失いかねないという危機感を共有してもらい、問題点を洗い出しながら、営業対応を一から見直すことにした。部下たちに、競合他社の行動について情報を収集させ、その分析を踏まえて当社はどう動くべきかの作戦を練った。そして、懸命に考えたリバイバルプランを片っ端から実行することによって、お客様との信頼関係を回復することに力を注いだ。そして5月、「更新をお宅に任せる」と言っていただいた。
私は、大きなプロジェクトが進行しているときは、24時間、仕事が頭から離れない。もちろん自身が全力で戦うし、部下たちにも「絶対負けない」という気構えをもたせるようにしている。昔は部下に対して厳しすぎて、途中でついてこられなくなる者もいて、脱落者を出してしまうこともあったが、ここ数年は、フォローを重視している。自分にできるだけのことをやって、後はついてくるための体制を築いてきた。
部下を管理する方法を見直したのは、外資系コンサルタント会社へ転職したことがきっかけだった。視野を広げようと考えて転職したが、外資系は社員の個人プレーが強いことに違和感を覚えた。それを機に、営業はチームだからこそうまくいくことを再確認し、NTTデータへの復帰を決めて、もう少しやさしくチームを率いるようにしている。
[紙面のつづき]外資と日本の企業文化の美点を融合、部下の「市場価値」を高める
1989年にNTTデータに入社して、13年目に課長に、16年目に部長に昇格し、通常のキャリアパスよりも早く、意志決定にかかわる権限を与えられた。これは、もちろん推測にすぎないが、ずっと携わってきた新規事業の立ち上げの手腕が評価されたからではないかと思う。
新しいビジネスの立ち上げにはあらゆるリスクが伴い、また、売り上げに貢献するまでに時間がかかる。入社して6年目に開発から営業に異動になり、ITソリューションの顧客開拓を担当した。ITソリューションは、目に見える商品ではないので提案しにくい。お客様の獲得プランを上司に説明したときに、「このプランはリスクが高い。本当にやるのか」と厳しく確認されたとき、私は「やってみせます」とその場で誓った。最初は提案が受注になかなかつながらなかったが、長いスパンで目標を設定して、達成に向けて着々と動いたおかげで、計画通りに新規顧客の開拓に成功し、上司との約束を守ることができた。
こうして新しい事業に取り組んでいくなかで次第に評価されていったのだが、それでも、私は少しずつ当社の企業文化に不満を抱くようになっていた。NTTデータは開発部門の権限が強い会社で、営業は基本的に彼らの意見に従わなければならない。営業部長になってからも、こちらがお客様の要望を説明すると、技術が「ダメだ。実現できない」と否定する場面があるなど、営業がお客様と開発部門の板挟みになってしまうことが多かった。悩んだ私は営業が強い会社に行きたいと考え、20年間のNTTデータでのキャリアに終止符を打ち、外資系コンサルティングファームへの転職を決めた。
転職先では、IT戦略のコンサルタントを担当した。ところが、しばらく働いてみると、社員のチームに対するロイヤリティが低いことに違和感を覚えた。社員一人ひとりは非常にスキルが高いのだが、みんな自分のキャリアだけを考えていて、チームプレイがない。私はこうした社風が合わず、NTTデータへの復帰を決心した。そしてNTTデータに戻り、外資系で学んだ「いいこと」を生かしながら、あらためて当社で営業部長として活動することになった。
外資系企業では、管理職を含めた従業員全員が、全方位から評価される。つまり、部下からの評価も一つの基準になるわけだ。そのことから私が学んだのは、自分の市場価値を知ることの大切さだった。私はいま、部下に対して「NTTデータの看板を外しても残るあなたの価値は何か」を問い、各自に自分のスキルや強みをはっきりと意識させている。こうした外資系企業の美点を日本企業のチームプレイのすばらしさに融合し、どの企業でも生き残ることができる人材を育てるようにしている。

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