国内SIerのオフショアソフト開発が転換期を迎えている。強まる円安傾向や、最大の発注先である中国の人件費の上昇、日本国内の開発案件の伸び悩みなどに阻まれ、「このままでは、従来型のオフショア開発は成り立たなくなる」(大手SIer幹部)と危機感を強める。国内最大手のNTTデータは、人件費がより安いベトナムやミャンマーでの開発体制の整備を進めるものの、一方で「考え方の抜本的な見直しが不可欠」(NTTデータミャンマーの小林義幸取締役)として、ただ人件費の安さだけを求めるのではなく、アジア成長市場を舞台に、経済圏やプロジェクト単位での補完体制の確立を進めていく方針だ。(安藤章司)
国内SIerのオフショアソフト開発のうち、8割ほどは中国への発注分が占めている。しかし、近年の中国のインフレや人件費上昇によってコストメリットが年々縮小し、そこへ円安が直撃したことで状況が一変した。中国で大規模な対日オフショアを手がけているSIer幹部は「円安で利益が吹き飛んだ」と嘆く。もはや、単純に安い労働力だけを求めた従来型の中国オフショア開発は限界に来ている。
中国におよそ4000人の社員を擁するNTTデータは、中国オフショアの半額といわれるベトナムに約150人体制、2012年11月にはミャンマー法人の営業をスタートさせた。ミャンマーでは向こう5年で500人体制への拡充を目指す。NTTデータミャンマーの小林義幸取締役は、「5年先にミャンマーやベトナム、インドネシアなどを合わせたASEAN地域で1000人ほどの体制になれば、ある程度は中国でのオフショア開発を代替できる」とする一方、これだけでは「抜本的な改革にはならない」とみる。
その理由の一つは、今はコストが中国の半額以下のASEAN一部地域でも、早晩、人件費が高騰することが見込まれていること。二つ目に手組みによる大規模ソフト開発案件そのものが縮小傾向にあること。三つ目としてコーディング(プログラムの製造工程)中心の作業では、アジア法人社員のキャリアパスが描きにくいことなどが挙げられる。NTTデータベトナムの柳川正宏社長は、「今は対日オフショア開発で十分なコスト競争力があるとしても、社員のキャリアパスを考えると、むしろASEAN域内のビジネスを伸ばさなければならない」と、オフショア開発一辺倒ではリスクが高いとみる。中国では大都市が集中する沿岸部で受注した案件を、比較的コストメリットのある内陸部で開発する国内ニアショアの推進や、開発の標準化、作業工程を自動化するツールなどによって、従来と同じ人員を投入しても、開発できるシステムの規模は格段に大きくするといった生産性の向上に努める。
大手SIerのNECソフトも、脱コーディングを積極的に進める。同社は中国・山東省に自社グループ社員約500人、ビジネスパートナーのスタッフ数百人の体制を築いてきたが、「業種・業務のノウハウもつビジネスパートナーと重点的に組む」(太田隆・調達企画部長代理)と、顧客に近い上流工程からともにノウハウを共有しながらシステム構築(SI)を進めている。NECソフトのビジネスパートナーで流通・小売業のノウハウに長けた中国の上海其加軟件(セブンプラス)の陳旻社長は「業種・業務ノウハウの優位性を発揮し続ければ、コスト面だけをみても、あと5年は優位性を保つことができる」と胸を張る。
NECソフトのメインの開発拠点は済南にあるが、昨年10月、沿岸部の青島にもオフィスを開設。セブンプラスのような業種・業務に長けたパートナーと組むことで地場案件の受注に努めている。中国で急増しているコンビニエンスストアを例に挙げても日中の差は大きい。「中国では、日本で求められる1日3回の商品入れ替えや緻密な鮮度管理よりも、価格と稼働までの速さが重要視される」(陳社長)と、中国地場のニーズに適したシステムに設計し直す必要があると説明する。NECソフトの太田部長代理も「地場の流通・小売り業向けのシステムについては、セブンプラスに教えてもらうことのほうが多い」と舌を巻く。
次世代型のオフショア開発は、単に日本からアジアへ発注する形態から、アジアを舞台としたニアショアや域内開発、高度な自動化ツールの活用などによる生産性の向上など、相互補完的、複合的な広域開発体制へと移行。アジアビジネスの拡大や海外法人社員のキャリアパスの確立も伴いながら発展させていくことが欠かせない。
表層深層
NTTデータは、2013年3月期までに主な国内SI案件の外注金額全体に占めるオフショア開発の比率を10%にする目標をほぼ達成した模様だ。コスト競争力を高めるために、半ば国内事業部門の尻を叩くかたちで定めた目標だったが、今後は「プロジェクトごとに最適な人員やツールの活用をアジア全域で適用していく」(NTTデータミャンマーの小林義幸取締役)と話す。
グローバル化が進むなか、製造や流通・サービスなどで「純然たる国内案件」は減る一方だ。ユーザー企業は少なくともアジア市場への展開の流れのなかで情報システムを捉えており、SIerもこのニーズに応えていく必要がある。案件を請け負ったプロジェクトマネージャーは「国内で受注した案件でも、今後ASEANへの展開が見込まれているので、ミャンマーのスタッフを活用してみよう」とか「中国スタッフで開発して、ASEAN地域での実装はベトナムスタッフが担当する」など、グローバル規模で人的リソースを活用する才覚が求められている。
小林取締役は社内の意識改革の一環として、地図を逆さにして啓発している。アジアを地図の上にもってくることで、「アジア起点の目線をもたせる」ためだ。折しもASEANは2015年に向けて経済共同体としての緊密度を一段と高めていく方向にあり、「5年後、ミャンマーのスタッフ500人は、全ASEANを飛び回って、域内の案件をバリバリこなすスキルを身につけているだろう」と将来像を語る。