メーカーは、販売パートナーに深く入り込んで「掌握する」ことが、事業を拡大するうえでのポイントとなる。セキュリティ製品を提供するトレンドマイクロで大塚商会担当の営業チームを率いる桝本哲也さんは、パートナーの意見をきめ細かく聞いて関係を深めるために、合宿などの場づくりに力を入れている。販売パートナーと密に連携しながら、アカウントプランを作成し、達成に向けて部下を動かす。納得がいかないときには突っ込みを入れて、部下に本音を吐かせる「めんどくさい」課長と目されている桝本さんに、自身の活動を語ってもらった。(構成/ゼンフ ミシャ 写真/長谷川博一)
[語る人]
トレンドマイクロ 桝本哲也さん
●profile..........桝本 哲也(ますもと てつや)
2003年、トレンドマイクロに入社。7年間、NECを担当する。06年、デル、日本ヒューレット・パッカード(日本HP)、日本IBMのパートナー営業課長を兼務して、数倍の売上成長を果たした。11年、大塚商会専任の営業担当チームの課長に就任。自社製品のOEMビジネスや協業サービスの企画に携わる。
●所属..........エンタープライズビジネス統括本部
エンタープライズ営業本部
パートナーソリューション営業部
営業1課 課長
●担当する商材.......... アンチウイルスなど各種セキュリティ製品
●訪問するお客様.......... 販売パートナーである大塚商会
●掲げるミッション.......... 大塚商会に、トレンドマイクロ製品を積極的に販売してもらう「動機」を提供する
●やり甲斐.......... 心理学に基づいたマネジメント手法を取り入れ、チームを体系的に動かすことによって目標を達成すること
●部下を率いるコツ.......... 各自がパフォーマンスを発揮できるよう、障壁を取り除く
●リードする部下.......... 4人
徹底的にフォローするやさしい「兄貴」の面も
以前の職場は商社だったが、そこに心理学に詳しい上司がおられた。私はその上司に影響されて、心理学を解説する本を読んだりして、部下の心を読むためのスキルを身につけようとしてきた。部下の報告を受けて、「本当のところは商談が進んでいないな」とすぐに見抜くのは、部下が起承転結のルールに則った話しぶりのときだ。そんなときには、「長いストーリーはいいから、結論を言え」と促して、商談の進捗具合を簡潔に報告してもらうようにしている。一方、私も部下に対してシンプルトークを心がけている。案件を受注に結びつけるためのアドバイスをするときは、結論から入って、次に「なぜなら」と理由を示し、さらに「つまりこんなことだ」と内容をかみ砕いて伝える。わかりやすい言葉で、言いたいことが部下の頭に入りやすいようにしている。
注目するのは、チーム全体の業績だけではなく、メンバー個人の達成度合いだ。データベースのツールを使って、「契約済み」「見積書を出している」 「リストに入っている」と、案件のステータスを区分して、一人ずつの数値を把握する。そして、自分は支援者にまわり、部下が力を発揮できるように壁になっていることを取り除き、案件獲得の土台づくりに専念している。これは、私が考えている「マネージャーのあるべき姿」だ。
昨年、本来ならできるはずなのに、なぜかずっと成績が上がらない部下がいた。その理由は何か。私はその部下と対話して、心理学を応用して、どんな単語がよく出てくるかを分析した。「私は○○を提案した」と頻繁に言うことで判明したのは、その部下はこちら(メーカー)側の立場を意識しすぎているということだった。価格設定などに関して販社の立場を十分に考慮せず、当社製品を積極的に販売してもらう「動機」は訴えられていない。私はそう判定を下して、自らが現場に出ようと決めた。
実は、私は2011年に大塚商会の担当になってから、毎期、チームの売上目標を達成している。自分が現場に出ることは極力避けたい、という気持ちはあるのだが、なにしろその部下が担当しているのは大型案件だ。これを逃したら、初めての未達成になる。慎重に考えた末に、顧客訪問に同行することに決めて、自分が商談に入るかたちで受注につなげた。おかげで、「3年連続達成会」を開くことができた。部下たちとお酒を飲みながら、受注に至るまでの苦労を肴にして、心地よいひと時を過ごした。
私は、突っ込みを入れるので「めんどくさい課長」といわれることもあるが、徹底的にフォローするので「(頼りになる)兄貴」と呼ばれることもある。部下に信頼されるのは、何よりもうれしい。
[紙面のつづき]成功の方程式、案件数を3倍に設定して目標を達成
私は、障壁を取り除き、部下が力を発揮できるようにするサポート役を心がけている。これは、トレンドマイクロが全社で方程式にしてし取り組んでいることでもある。方程式は「P=p-i」、つまり「Performance(実績)は potential(能力)引く interference(妨害)」ということだ。ちょっと堅く聞こえるかもしれないけれど、マネージャーたちはこれを胸に刻んで、部下が担当する案件の障壁は何かを考え、それを取り除こうとしている。
方程式や数字は、複雑なことを簡潔に表してくれるので、結構好きだ。社会人になってからずっと大切にしてきたのは「3」の数字。25歳のときに、30歳までに転職すると決め、前職でトレンドマイクロのセキュリティ製品をユーザーとして知ったのをきっかけに、移籍を決心した。部下が売り上げの目標をクリアするために、私は案件数を受注が必要な数の3倍に設定し、30%を受注したら達成、それ以上だったらプラスという具合に提案活動を進めている。偶然だが、このやり方が実を結び、大塚商会の営業担当になってから、ちょうど3年連続で売上目標を見事に達成してきた。
子どもだけは3人ではなく、4人だ。土曜と日曜は、私がコーチになって野球の練習に励む。子どもは素直で部下たちよりリードしやすいところはあるのだが、人を動かして成長させるという意味では、コーチとマネージャーは一緒。野球の練習も営業活動も全力で率いて、成功に導きたい。

「パネライ」の腕時計。時間の有効活用を心がける桝本さんは、常に前倒しのスケジュールで動いており、この時計でタイムマネジメントを徹底している。