これまでのキャリアで集めた名刺は約6000枚。昨年、鈴与シンワートに入社して、120人の部下にまず伝えたのは、「私を『部長』と呼ぶのをやめなさい」ということだった。16年間、日本オラクルで営業部隊を率いてきた長谷川信光さんは、“外資色”を前面に押し出し、パッケージ販売の部隊を統括している。部下を「さん」づけで呼び、同じ目線で接する組織をつくって、これまで培ってきた人脈を生かしながらパッケージ販売の拡大を目指す。「厳しい部長ですか」という問いに「いやいや、フォロー役」と答える長谷川さんに、実際の営業活動を語ってもらった。(構成/ゼンフ ミシャ 写真/長谷川博一)
長谷川 信光(はせがわ のぶみつ)
高校卒業後、数社での勤務を経て、1992年に日本オラクル入社。営業に携わる。2008年、サービスライフサイクル管理(SLM)ソフトウェアを提供するサービジスティクス(現PTC)に転職し、アライアンス担当の役員を務める。その後、エヌシーアイ総合システムで営業マネージャーを経て、2013年4月、鈴与シンワートに入社。
縦割りの組織を打ち破って部下のブレーンとして活躍
その日の朝、出社してホワイトボードを見て、「あれ?」と思った。部下のAさんが「B社直行」になっている。私は前職でB社の副社長と面談したことがある。「声をかけてくれれば、紹介したのに……」と思いつつ、部内の情報共有にまだ改善の余地があることを実感した。Aさんが帰社後、席に行って「自分の行動予定をちゃんと報告してね」と念を押し、「今度はいっしょに行こう」と提案した。後日B社を訪問して、副社長にお会いして経営陣を案件に巻き込むことができ、受注に一歩近づいた。
日本のIT企業は縦割りの組織で、上から下への圧力が大きく、部下が気軽に上司に相談したり、自分の意見を述べたりすることが難しい。だから情報共有がなかなか機能しない。私は当社に入ってから、あえて外資系企業のような風土づくりに力を入れてきた。心がけているのは、自分から現場に降りて、同じ目線で部下と会話し、関係を密にすること。彼らには、私を知識や人脈をもつブレーンとして活用するようにと言っている。
前の外資系企業では部下のいない管理職で、部下を直接指導できないことに物足りなさを感じて鈴与シンワートに転職してきた。営業を中心に、数多くのメンバーを管理する立場になることを前提に、入社を決断した。子ども時代を鈴与の本社がある静岡市で過ごして、親近感があったことも理由の一つだ。外資系との文化の違いは感じたものの、入社直後から積極的に部下と話し、摩擦を感じることなく、信頼関係を築くことができた。
約6000枚の名刺は、私の財産。あらゆる業界のキーマンとのつながりを生かして、頻繁に商談の現場に出る。「日焼けをしておられますね。もしかしたら、週末はゴルフでしたか」と、雑談から営業トークに入り、後々提案に役立つ情報を引き出すようにしている。絶対に外れがないのは、お金の話だ。セミナーなどで拾った情報を活用して、例えば「あのスポーツ選手、本当に噂通りの金額を稼いでいるらしいですよ」とおもしろいネタを提供して、お客様との距離を縮めている。
冒頭でお話しした事例のように、まだ部下からの報告が遅いということを感じつつも、情報共有の改善によって活動が活性化していることは確かだ。案件が潤沢になったことで、現在直面している課題は、技術者不足ですべてには対応できないということ。営業担当にとっては、「せっかく、案件を獲ってきたのに……」というフラストレーションにつながりかねない。これを解決するために、まずはエンジニアの採用に取り組んで開発体制を強化すると同時に、部下たちを「中長期の目標を明確に定めて、それに向けて頑張ろう」と励まして、負のスパイラルに陥らないようケアしている。
私の営業方針を表す漢字は……「共」
当社は、「共生(ともいき)」という言葉を理念に掲げている。これは、当社とお客様と、そして社員同士で密な関係を築き、共に生きるということ。私はこの理念に、上から目線で部下に接するのではなく、同じレベルで会話をして、情報を「共有」することをつけ加えたい。上司が叱っても、部下の悪い所はなかなか直らない。部員に他のメンバーのいい所を付せんに書かせて、それを当人に渡すことで自分の強みを意識させ、提案活動に励んでもらっている。