視点

学習しないAIがもたらす格差

2025/09/24 09:00

週刊BCN 2025年09月22日vol.2076掲載

 近頃、話題の「The GenAI Divide」というMITのレポートをご存じだろうか。生成AI導入に取り組んだ企業の実に95%が、生成AIへの投資から測定可能なROIを得られていないという。成功する5%の企業とそれ以外の企業との間に、生成AI格差が生じているというのだ。これは米国市場での調査のようだが、同じようなことは既に私たちの周辺でも起きているのではなかろうか。

 この格差を生む最大の要因は、技術そのものではなく、AIに対するアプローチの根本的な違いにある。失敗の核心は、多くのAIツールが組織固有の文脈やユーザーからのフィードバックを学習せず、導入時点の性能のまま静的に放置されている点にある。

 生成AI格差とは、最新技術を使っているか否かという「技術格差」ではなく、組織の日々の活動と共にAIが学習を継続する仕組みが整っているか否かという「組織学習能力の格差」にほかならない。AIは日に日に賢くなっているのだから、自分たちで教える必要がないと思われているのではなかろうか。そのように考える人は、既に95%の失敗組の仲間入りを約束されている。

 では、成功すると回答した5%の企業は具体的に何をしているのか。彼らはAIを導入して終わりの「静的なツール」としてではなく、組織と共に成長する「動的なパートナー」として捉えている。

 現場の従業員が日々、AIの出力結果を評価し、「この回答は的確だ」「この表現は顧客に誤解を与える」といった具体的なフィードバックを絶えずAIに与えているのだ。これがAIの学習データとなり、性能を継続的に、そして指数関数的に向上させる。この学習ループが組織内に根付いているかどうかが、格差を生む決定的な違いなのだ。

 この学習ループが回り始めると、AIは単なる汎用ツールから、自社の業務プロセスや企業文化にまで精通した、かけがえのない「賢い同僚」へと変貌を遂げる。組織固有の暗黙知や過去の成功・失敗事例を吸収し、進化し続ける「生きたナレッジベース」となる。

 生成AI格差の本質とは、資金力や技術力の差ではない。自社の足元にあるデータと人間の知恵をいかにAIに教え込み、共に成長する文化と仕組みを地道に構築できるかという「組織能力」の差にほかならない。

 
株式会社SENTAN 代表取締役 松田利夫
松田 利夫(まつだ としお)
 1947年10月、東京都八王子市生まれ。77年、慶應義塾大学工学研究科博士課程管理工学専攻単位取得後退学。東京理科大学理工学部情報科学科助手を経て、山梨学院大学経営情報学部助教授、教授を歴任。90年代に日本語ドメインサービス事業立上げ。以降ASP、SaaS、クラウドの啓蒙団体設立に参加。現在、「一般社団法人 みんなのクラウド」の理事を務める。
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