昨今、マスコミやSNSの生成AIを巡る議論は、処理速度やベンチマークスコア、あるいは「どのモデルが司法試験をパスしたか」といった、数値化しやすい表層的な性能比較に終始している。しかし、ビジネスや日常生活でAIを真のパートナーとするならば、本質的に問うべきはそこではない。直面する真の課題は、AIが「いかなる情報に基づき、どのような意図を持って回答を生成するか」という知識の源泉における透明性と選択権の欠如にある。
生成AI、とりわけLLMが生成する回答は、学習データの内容に依存している。しかし、汎用的なクラウド型サービスにおいて、モデルがどのようなデータセットで学習され、いかなる「パラメトリック知識」を内蔵しているか、一般の利用者は知る由もなく、その中立性を検証する手段も持たない。法的規制が未整備な現状では、著作権が曖昧なデータや特定の思想的バイアスを含む情報が、AIを通じて「客観的事実」として社会に定着するリスクは否定できない。
RAGなどで外部情報を参照する「ノンパラメトリック知識」についても同様の懸念がある。クラウド側がどの情報源を優先し、何を不適切としてフィルタリングしているのか、その判断プロセスは雲の彼方にある。これは、利用者が気づかぬうちに、プラットフォーマーが定義した正解や価値観を無批判に受け入れさせられるという、極めて深刻な社会問題をはらんでいる。
今、取り組むべきは、利用者が自らの意志や意図に基づき、AIが参照するデータを自由かつ透明に選択できる環境の整備である。ベンダーが用意した巨大な汎用知を妄信せず、自らの管理下にある独自のデータや信頼できる情報群をAIに接続し、自律的な思考環境を構築すべきだ。そのためには、組織内でLLMを自己管理できるインフラを普及させるとともに、情報源の妥当性を自ら評価・選択する能力を養う「AIデータ・リテラシー」教育の整備を急がなければならない。
AIの進化は単なるツールの向上ではなく、思考を補助する知識インフラの変革である。だからこそ、その土台となるデータの選択権は自らの手に取り戻すべきだ。性能の競争から、信頼と選択の確立へ。IT業界が今、立ち向かうべきは、この「知識の主権」をユーザーに返還するための技術・社会実装である。
株式会社SENTAN 代表取締役 松田利夫

松田 利夫(まつだ としお)
1947年10月、東京都八王子市生まれ。77年、慶應義塾大学工学研究科博士課程管理工学専攻単位取得後退学。東京理科大学理工学部情報科学科助手を経て、山梨学院大学経営情報学部助教授、教授を歴任。90年代に日本語ドメインサービス事業立上げ。以降ASP、SaaS、クラウドの啓蒙団体設立に参加。現在、「一般社団法人 みんなのクラウド」の理事を務める。