旅の蜃気楼

白神山地

2002/11/04 15:38

週刊BCN 2002年11月04日vol.964掲載

▼街にいると山が恋しい。山にいると街が恋しい。人間はわがままにできているんですね。ここ数日で、寒さが突然やってきた。BCN編集部では風邪がずいぶん流行っている。どうも怪しいものだが、二日酔いでもないのに頭がぐるぐる回るとか、高熱で会議も上の空だとか、相当にたちの悪い風邪のようだ。うがいや、手を洗って予防に心がけたい。その反面、朝の空は真っ青で、富士山がくっきり見えて感動する。お山はすでに冬支度に入っている。真っ白な雪山が、真っ青の空に360度、ぐるりと屏風をつくった景色を見ると、もう浮世のことは上の空だ。この夏、白神岳に登った。もう雪が降ったのだろうか。

▼言葉には響きがある。「しらがみさんち」の響きは神秘的だ。どんなところかしらと、気になる。行ってみることにした。秋田と青森の県境一帯の山並みが世界遺産に指定された白神山地だ。その日本海側にある山が1235メートルの白神岳だ。その頂上に登った。青々としたブナの群生した山並みは広大な絨毯のようだ。ひょいと、その上に乗ると、空を駆け巡れるような気分がした。その山並みが視界の彼方まで続く。頂上で携帯をつないだモバイルパソコンの電源を入れた。その日は曇りのため、雲の調子で、インターネットの接続はふらふらした。立派な非難小屋と、それに負けないトイレがある。水場も近くにあって快適だ。電波事情がよければ、白神岳頂上で満足な仕事ができる。

▼自然の美しさは時には放心状態をつくる。夕方になった。弧を描く日本海に夕陽が沈み始めた。赤みが刻々と変化する。空が赤く、海が黒くなる。いか釣り船の漁火が、遠くにぽつりぽつりと見える。銀色に光る漁火が、ブナの群生の美しさに負けないほど神秘的だ。音がない。山と海と空の中で、自分がじっと立っている。樹のように、じっと立っている。左手のずっと向こうに男鹿半島が見える。星が輝き始めた。またここに立つだろう。(白神岳発・笠間 直)
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