戸板祥子の筝曲の時間

<戸板祥子の筝曲の時間>12(最終回).「コトのショパン」

2003/09/29 15:27

週刊BCN 2003年09月29日vol.1008掲載

 連日の快晴で、空を見あげる目に秋の光が差しこんでくる。

 もう秋だ、そうだ、私の連載も最終回だ!最終回は是非、「春の海」で有名な、宮城道雄という人を皆様に紹介して幕を閉じたい。

 「コトのショパン」という呼び名がある宮城道雄は、明治、大正、昭和と激動の時代を駆け抜けた天才箏曲家兼作曲家である。

 その生涯に作曲された作品は、370曲あまりを数える。童曲や初心者のための小曲はピアノのバイエルやツェルニーの役を果たし、超絶技巧曲「瀬音」や、協奏曲「越天楽変奏曲」はショパンやシューベルトの役を兼ねていたといえよう。

 数え年14歳で作った処女作、「水の変態」は、霧、霞、雨、雪など水の変わり行く様を唄で表現し、眼にもとまらぬ手の動きがそこに交じり合うのである。

 特に「瀬音」という箏と、十七弦(低音楽器)の二重奏曲の舞台は、群馬県の利根川上流の様子が見事に表現されている、コンクールの常連曲である。

 「谷間の水車」は大分県の耶馬渓に作者が遊びに行ったときに聞いた水車の音から作られた。

 「五十鈴川」、「祭りの太鼓」は箏独奏曲で同時期に伊勢神宮の神楽殿からの依頼でこの2曲が奉納された。

 当日は祝詩のあと「倭舞」と「越天楽」の雅楽が演奏され、そのあとにこの2曲が演奏されたそう。

 彼の随筆、「伊勢神宮」でもその様子が書かれており、玉砂利の上を歩く音、大樹の間で鳴く鳥の声、庭を掃き清める帚の音、五十鈴川の清らかな流れなど、神域の神々しい雰囲気が読み取れる。

 読者の皆様、伊勢神宮に参拝した際は、是非五十鈴を探してみてください。

 さて、秋は夏休みの旅行とは違い、またどこかにふらっと旅したい気持ちに駆り立てられる。

 「春の海」が作曲された瀬戸内海を望む広島県福山市の鞆の浦には、宮城道雄の像が建てられており、周辺では箏の演奏が度々催されている。

 私は、再びそこを訪れ、ゆっくり散策したくなった。(おわり)
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