北斗七星

北斗七星 2009年10月5日付 Vol.1303

2009/10/06 15:38

週刊BCN 2009年10月05日vol.1303掲載

▼群馬県長野原町の山間に、寂れた佇まいの温泉宿が転々と並んでいた。眼下に急流を望み、周囲の木々が春夏秋冬で姿を変えて、“本当の湯治客”に人気の場所だった。過去形で語るにはわけがある。こんな風情豊かな川原湯温泉は、八ツ場ダムの湖底に沈むはずの地。ダムはすでに一部建設が進み、面影は失われつつある。ここが今、建設中止を掲げる民主党政権で揺れている。

▼行ってみると分かる。川原湯温泉は、上り坂の到達するところにある。「本当にここを掘削して水瓶をつくるのか?」と疑念を抱くほどの大工事だと容易に想像できる。半世紀以上にわたって振り回されてきた住民は、以前の売り文句ではなく「ダムの見える温泉」として再起を賭け、結束して建設を承諾した。建設続行にしろ中止にしろ、決定は幾ばくかの禍根を残すだろう。

▼10年ほど前、反対運動の集会に何度も参加した。今、その先頭に立っていたある顔を思い起こす。彼は当時、悩んでいた。「ここは華やかな温泉宿ではない。でも、一部の温泉ファンが来る場所を残して、そこで生活したい」。前原国土交通相は、まず彼らの“思い”に耳を傾け、語り合わねばならない。

▼霞ヶ関や永田町に居座っているだけでは、地方の施策はうまくいかない。IT業界もそうだ。クラウドだSaaSだと首都圏で騒いでも、地方には地方の事情がある。経産省のJ-SaaSとて、かけ声倒れで浸透はしないだろう。地域の声を吸い上げ、再度やり直す必要がある。
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