旅の蜃気楼

鬼の編集者、仏の神職

2013/06/19 15:38

【内神田発】この原稿は、編集者の検閲ともいえるほど手厳しい関門を経て完成しています。元の原稿はけっして書きなぐりではありませんが、ある時には、仕上がって掲載された記事を読んで、「この原稿は誰が書いたのかしら。いい感じじゃないか」と他人の原稿のように思えることがあります。そんな時は、決まって元の原稿の姿形はなくて、編集者の神業によることが多いのです。

▼その編集者とはもう三十数年にわたるつき合いで、俗にいう腐れ縁というやつです。今の会社を起こした私が『週刊BCN』を創刊する前からの縁です。その名編集者は別の出版社にいて、私は彼が編集していた月刊誌に連載をもっていて、12か月の間、私の原稿を編集してもらった間柄です。その関係はピッチャーとキャッチャーのようなものです。長い間にはくっついたり離れたりすることもあったのですが、ウマがあったのか、現在はBCNの編集部で睨みを利かせてくれています。

▼彼は今も現役ですから、原稿の出来ばえには厳しい目を注いでくれます。原稿を入れるのが遅れたり、文字を間違えたりすれば、容赦がありません。前号の原稿で、「外宮という字が下宮になってましたでぇ」。くだんの編集者は関西の出版社にいたものですから、なまりがあります。「はい、私が間違えました」「お伊勢さんとは何年のつき合いでっか」と、強烈な嫌味が飛んできます。

 伊勢神宮との縁は18歳の時以来なので、もうずいぶん長いです。伊勢には毎年出かけて、そのつど神宮にはお参りしていますから、外宮の看板も神域の風景も目に染み込んでいます。そういえば、原稿を書いていて下宮とは変だなぁとは感じていました。関西訛りの嫌味はへこんでしまいますね。そんな気分の時にも救ってくれる仲間がいるのです。

▼その仲間からのメールが伊勢から届きました。紹介します。

奥田 様
 おはようございます。恵みの雨でした。
 伊勢路は、敷詰められた麦の黄金に、早苗の緑が一際あざやかです。
 益々のご尽力と手ごたえ、充実の日々と拝察しております。

 ご存知でしょうが、神宮は先般、両宮とも新宮工事の覆屋が外され、新宮を望むことができるようになってきました。
 わけて、内宮の外幣殿などは、その瑞々しさが間近です。
 ご遷座の十月まで、この梅雨と猛暑を経てもなお、白木はもとより萱葺き屋根などの輝きが保たれるよう、願いを込めつつ見上げているところです。

 向暑の折、ご自愛の程。
 とりとめなく。
6/16朝 山根悦男

▼山根さんは社名変更前の松下電器産業のパソコン事業部の法務部門にいて、ソフトウェアのライセンス業務を担当しておられました。ご記憶の方もおられると思います。山根さんは50代で退職された後、縁あって私の母校である皇學館大学の神道学科、大学院に学び、現在は神職の免許を取得して、大好きな山三昧のかたわら全国の神社を参拝し、10月に迎える神宮の遷宮に備えておられます。まるで「役の行者」のようですね。彼との出会いの機会は、ヤフーの前社長・井上雅博さんがBIOSの会社にいる頃につくってくれました。ジャズ好きのお二人のその後をみると、何とも不思議な思いがします。

▼分岐とか追分を見ると、お二人のことをよく考えます。今回の写真は、前号で登場した佐太神社と、草津の追分です。(BCN創業者・奥田喜久男)

2013年6月18日記


10月に全国の神様が集う佐太神社。のどかな場所にある

中山道と東海道の追分。かつての賑わいを想像する

草津の追分にある道を記したプレート。この道を通って伊勢参りをした人も沢山いたのだろう
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