店頭流通

進んでいるか、「創生21」プラン 松下電器産業再生への道を探る

2002/10/28 18:45

週刊BCN 2002年10月28日vol.963掲載

 2002年3月期の連結決算で5000億円以上の赤字を計上し、1万人以上の希望退職者を出した松下電器産業は、10月1日に再生プラン「創生21」の一環として、松下グループ5会社を完全子会社化した。中村邦夫社長の描いた筋書き通り、果たして松下電器は再生を果たすのか。ソニーとの比較を試みながら、再生の可能性を検証してみる。(ケニー・タケダ●取材/文)

自己改革に苦悩する“家電の雄”

■「超・製造業への自己革新」 新しい社風づくりへの挑戦

 まず、松下電器におけるIT関連、とりわけパソコン分野を見てみよう。パソコン製品は、B5サイズ(B5ファイルサイズ)という小型ノート機「レッツノート」にフォーカスしている。このB5サイズパソコンで、市場での存在感を示そうという考えである。

 松下電器の再生計画では、ボリュームゾーンを狙い「V商品」で販売増を図るという方針を打ち出している点からすると、このレッツノートの戦略は異質なものであるかもしれない。

 ところで、松下再生の取り組みに目を向けたとき、まず大きく問われるのは社長のリーダーシップであろう。

 松下電器が松下家からの呪縛を離れ、事業部制に別れを告げ、終身雇用にピリオドを打ったということをみれば、中村社長には優れたリーダーシップがあるといえる。しかし、それは従来の松下の社長と比較しての話であり、それだけで松下電器は再生するのであろうか。

 そこで、現在の松下電器の再生プランを詳しく見てみよう。「創生21」と銘打ったプランは、「超・製造業への自己革新を図る」として、①事業再編、②モノ造り改革、③家電営業体制の改革――という3つの改革から成っている。

 松下電器の再生のポイントを「超・製造業への自己革新」とした点については賛否両論があるが、それが正しい指針であると仮定すれば、その具体論である3つの改革は妥当な戦術である。その点では、今回の松下グループ5会社の完全子会社化も、その路線上にきちんと乗っている。

 しかし、「超・製造業への自己革新」がそもそも松下再生のポイントであるということに異議を唱えざるを得ない。たとえ製造力を極めつくしても、高付加価値商品が開発できなければ、松下の高い人件費をカバーする商品となり得ないからだ。

 例えば、ソニーがコンテンツ・ソフトウェア分野をきちんと位置づけ、実績を上げているのに対し、松下にはその分野への注力が一切見られない。「超・製造業」を従来技術の延長線に乗せただけでは、いずれ中国からの価格圧力に屈してしまう。

 そこでキーとなるのは、今までにない「真に斬新なる技術の開発」である。つまりはナノテクノロジーなどに代表される、成長が期待される新分野へ自社の技術として取り組んでいけるかである。

 これは、松下のDNAの1つである「二番手戦法」と呼ばれる、競争相手が新製品をつくったすぐ後に似たものをつくり出す、という発想では到底無理であり、松下の遺伝子を打ち破る必要がある。

 一方、ソニーはその設立趣旨書に謳われている「技術者の技能を最高度に発揮させる自由豁達にして愉快なる理想工場の建設」という遺伝子が、現在の経営陣から技術者にまで受け継がれ、ソニーの技術者は社内できちんと地位を確立している。

 一方松下は、技術社員の処遇が良いと聞いたことがない。ソニーのように新製品、新技術を他に先駆けて世に出していくという風土と、それを評価する人事評価制度がともなわなければ、新たなものに挑む風土は育たない。

 その意味では、松下の「超・製造業」の行き着くところは、一見製造システムの改革のように見えてはいるが、実は新しいものにチャレンジし、リスクテークする社員に敬意を示すという風土づくりと、それを給与・昇進面で支える新たな人事評価制度の構築と捉えるべきである。

 極論をいえば、旧態依然とした人事部門の解体と技術社員の地位向上である。 だが、残念ながら中村社長からそのメッセージは出てきていない。

■メディアの使い方に難あり、再生の道は厳しい?

 従業員の目から中村社長はどう映っているのだろうか。連結で25万人を超える大所帯の松下では、残念ながら中村社長の存在は社員からは遠い。社員の直接の「社長」は、例えば松下の完全子会社パナソニックAVCネットワークス社の社長なのである。

 しかし、これは致命的な問題ではない。むしろ大きな方向は中村社長が示し、具体的な戦術は各子会社の社長が権限をもって遂行するという「子会社分権」ができているとも見て取れる。

 さらに、一般ユーザーから見ると、松下電器が「創生21」を掲げて会社再生に取り組んでいるということをほとんど知らない。

 ソニーの出井伸之会長兼CEOはメディアによく登場するが、出井氏以外のソニーの経営幹部たちも頻繁にテレビや雑誌に登場し、ソニーを上手にアピールしている。これに対して、松下は中村社長以外の顔が表に出てくることがなく、その中村社長も決してメディアをうまく利用してメッセージを発信しているとは言い難い。

 松下はともすれば製品第一主義的な考えがあり、「良い物を真面目に作っていれば、いずれ世間はわかってくれる」という消極的、かつ他力本願的な発想がある。

 マーケティングコミュニケーションは製品の品質と同じくらい重要であるということを認識すべきであり、マーケティングコミュニケーションがうまくいけば市場からの評価も高まり、ひいては外国人株主の比率も現在の20%程度から、ソニー並みの40%程度に近づく可能性もある。

 もう1つ、両社の差に取締役の数がある。ソニーは11人で、そのうち社外取締役が3人、外国人が2人であるのに対し、松下電器は27人もの取締役がいる。しかも、全員入社以来の生え抜きだ。事業ドメインの交通整理の次は取締役の交通整理が必要であり、純血主義を捨てて社外からの血を入れれば、経営力のバージョンアップにつながる。

 こうしてもう一度、IT分野に目をむけると、ノートパソコン「レッツノート」の開発リードタイムは短くなり、顧客の手元に届くまでの期間は短縮されてきている。そのこと事態は喜ばしいが、それだけではいずれ限界に突き当たる。商品化技術と並行して、斬新な基礎技術の開発が自社で可能な風土改革ができるかが、松下再生のポイントであることはIT分野においても同様である。ただ、「モノづくり」というところまでで、「風土づくり」にまで手をつけていない今の様子を見ていると、松下電器の本当の再生は簡単ではない。
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