【西安発】中国の情報サービス市場が日本を追い抜くことがほぼ確実となった。日本の情報サービス産業は、隣国に忽然として現れた巨大市場によって、否が応でも新たな局面を迎えざるを得ない立場にある。中国の情報サービス市場は年率およそ25%増と、同国直近の実質GDPの約3倍の勢いで急成長。1年余もマイナス成長を続ける日本の情報サービス産業のリーダーらは、その力強さに衝撃を受けると同時に、隣国巨大市場にどう対処するのかの判断と行動に迫られている。
「2010年1~12月の中国情報サービス業の売上高は1兆2000億元(約15兆6000億円)に達する見込みです」。9月14日、中国西安市で開かれた第14回日中情報サービス産業懇談会で、中国ソフトウェア産業協会(CSIA)の陳冲理事長はさらりと述べた。前年比約26%の成長で、2011年も鈍化の兆しはみえない。懇談会に同席した情報サービス産業協会(JISA)やコンピュータソフトウェア協会(CSAJ)のある幹部は、まっすぐに壇上の発表者を見つめ、またある幹部は目を閉じて天井を向いていた。
JISAによれば、日本の情報サービス業の売上高は約17.9兆円であり、かつ経済産業省特定サービス産業動態統計をもとにした集計では、今年7月まで14か月連続で売上高が減少している。中国の情報サービス市場が2011年も25%程度の成長を遂げるとすれば、19兆円を突破。両国のGDPと同様に、市場規模ベースで逆転する。JISAの浜口友一会長(NTTデータ相談役)は、「中国は人口の多さや国土の広さから考え、潜在的なスケール感は日本のざっと10倍」と、向こう10年程度で100兆円を超える市場に成長しても不思議はないとみる。
一進一退を続ける国内情報サービス市場は、もはや大幅な成長は見込めない。これを補うには、中国をはじめとするアジア新興国への進出が不可欠。仮に今後10年の間に、中国で3%のシェアを獲れば、3兆円規模の上乗せが可能。これにASEAN(東南アジア諸国連合)でのシェア拡大を加えることで、日本の情報サービス産業の息を吹き返す“特効薬”とすべきだろう。
しかし、現実は厳しい。浜口会長はグローバル進出を3ステップで捉え、「今やっと半歩踏み出したところ」と、けわしい表情をみせる。第1ステップは、日系グローバル企業のITサポート体制の拡充。日本のトップSIerグループは海外拠点を増やしているが、中堅・中小SIerの多くは海外進出する顧客を十分にサポートできていない。第2ステップは、海外の地場企業への売り込み。そして第3ステップが世界でまとまったシェアを獲るための主導権の確保だ。
CSIAの陳冲理事長は、「中国の情報サービス産業は、まさに発展途上。日本をはじめとする成熟した国々のITソリューションを貪欲に取り込みたい」との意向を示す。金融や製造、流通などの分野で、「日本が強みとするITサービスは意外に多い」(JISA浜口会長)という事実にいち早く気づき、中国のニーズに応えられるかどうかが、日本の情報サービス産業の命運を左右する。
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突発的変化への対応が成長のカギ
「発展途上だからこそビジネスチャンスがある」。大手日系SIer幹部は、年率25%強で成長する中国情報サービス市場をこう表現する。2010年1月から7月までの中国情報サービス業の売上高は7000億元余り。中国ソフトウェア産業協会(CSIA)の陳冲理事長は、「このペースで推移すれば、前年比約26%増の1兆2000億元規模に達する」と、手応えを感じている。
だが、中国側も手放しで喜んでいるわけではない。陳理事長は、「中国は、世界最先端のITを採り入れてはいるものの、わが国独自のものとなると、まだ少ない。中小IT企業の数が多く、ビジネスモデルの面でも発展途上にある」と分析しており、国際的な競争力を発揮するには、まだ時間がかかるとみている。振り返って日本は、金融や製造、流通業など多様な業種で、独自のITシステムを多数構築してきた実績をもつ。その独自性ゆえにガラパゴスと揶揄されることもあるが、「ガラパゴスなりのユニークさは強みに転換できるはず」と、JISA浜口友一会長らとともに第14回日中情報サービス産業懇談会に参加したコンピュータソフトウェア協会(CSAJ)会長の和田成史・オービックビジネスコンサルタント(OBC)社長はコメントする。例えば、ノンバンク系の債権管理や地銀の共同利用システム、生産管理、サプライチェーン管理など、日本の強みを生かせる分野は決して少なくない。
キーワードは“発展途上”。尖閣諸島(中国名・釣魚島)を巡ってぎくしゃくする日中関係も、新しいあり方を模索する発展段階だからこその摩擦や対立とも捉えられる。情報サービス産業においても、中国のIT市場が発展途上なら、日本の情報サービス産業のグローバル化も発展の途上にある。ここには、成熟期にはないチャンスが転がっている。発展途上ゆえに起こる突発的な変化や障害への対応力を身につけ、成長へのカギを掴む経営姿勢が求められているのだ。(安藤章司)