カスタムアプリケーションの開発ボリュームの縮小が避けられない情勢になってきた。最大手SIerのNTTデータは、今期(2013年3月期)からスタートした中期経営計画でカスタムアプリの“倍速開発”を重点施策の一つに位置づけ、工数の半減やグローバル適材適所での開発手法を主軸に採り入れる。大手SIerのITホールディングスもグループの再編を進めることで生産性の向上を急ピッチで推進する。開発工数の削減はすなわち開発金額ボリュームの大幅減を意味しており、協力会社を含む国内受託ソフト開発市場に大きな影響を与えるのは必至だ。(安藤章司)
このまま従来型のSI中心ではNTTデータという会社そのものの存続が危ぶまれる──。この6月20日、トップのバトンを岩本敏男次期社長に渡すNTTデータの山下徹社長は、自らがやり残したかたちとなったSI中心の従来型ビジネスモデルを変えていく必要性を強く訴えた。足下の主要SIerの業績は、厳しい経済環境のなかにあっても回復の傾向が鮮明になりつつある。だが、SIの代名詞ともいえる「カスタムアプリケーション開発をコストと納期だけで競い合っていては、SIerという存在そのものが将来消滅する危険すらある」(山下社長)と警鐘を鳴らす。
信用調査会社の帝国データバンクによれば、2012年1~4月までのシステム・ソフトウェア開発業者(ソフトハウス)の倒産件数は、2001年以降最悪のペースで推移しているという。リーマン・ショック直後の2009年の同分野の倒産件数は206件だったのに対し、2012年1~4月はすでに88件に到達。また、2001年~2012年4月までのソフトハウスの倒産件数の累計1526件で、負債総額5億円未満の比率が実に93.4%を占めるなど、小規模・零細企業が多いことがうかがい知れる。

システム・ソフトウエア開発業者の倒産件数推移(2001年~2012年4月)
SIは大きく分けて設計→開発→テストの工程に分けられるが、ここで問題視されているのは「開発」工程である。製造業でいえば「製造、組み立て」に相当する部分で、雇用創出効果が大きい領域でもある。小規模・零細ソフトハウスは、大手の開発工程を請け負うかたちでソフト開発を行っているケースが多く、大手が開発工程の規模縮小、あるいは海外への移転を進めると国内ソフトハウスの仕事が減ることにつながりかねない。
大手も背に腹はかえられない切迫した事情がある。昨年度(2012年3月期)の大手SIerの業績回復は鮮明になりつつあるとはいえ、ある大手SIer幹部は「リーマン・ショック以来続いていた投資抑制の反動増や、オンプレミス(客先設置)型のシステムからデータセンター(DC)を活用したクラウド/アウトソーシングサービス型へ移行するマイグレーション特需といった一時的なもの」と、反動増やマイグレーション特需が落ち着けば、再び停滞期に入ると危機感を顕わにする。
こうした状況を避けるために大手SIerが重視するのが「開発工程」の抜本的な見直しである。NTTデータでは、開発の自動化や中国・インドを活用した人件費の削減、あるいは開発環境をクラウド上に移行し、世界の開発拠点をリレーする方式をとって24時間体制で開発を行うなど、従来の国内に閉じたゼネコン型の多重下請け構造からの脱却を急ピッチで進める。目指すは手づくり開発の期間を半分に短縮する“倍速開発”だ。NTTデータの山下社長は、「国内のIT投資を見渡しても、案件規模は最盛期に比べて1ケタほど小ぶりになっている」とみて、大型開発案件そのものが減っており、ここで勝ち残るには抜本的なコスト構造の改革が不可欠だ、と説く。ITホールディングスも主要事業会社のTISとインテックを軸に再編の準備を進めるなど、規模のメリットを生かした「効率化に努める」(岡本晋社長)という。
野村総合研究所(NRI)の藤沼彰久会長は「どのSIerに発注しても、成果物が似通っている現状では、結局はコストと納期の争いになり、情報サービス業そのものが消耗戦に終始することになる」とみる。そして、開発工程の半減に加え、ベンダーならではの付加価値や差異化策をこれまで以上に前面に押し出していく考えを示している。
表層深層
NTTデータの山下徹社長と野村総合研究所(NRI)の藤沼彰久会長が、情報サービス業界の構造問題に着目し、危機感を“確信”に変えたのは、2009~2011年度まで3年間続けた「ITと新社会デザインフォーラム」活動が大きく影響している。フォーラムでは、ITベンダーの構成要素を(1)ビジネスモデル考案を担当する「スーツ」族、(2)技術担当の「ギーク」族、(3)スーツでもギークでもない「デザイン」族の三つに分類して捉えた。
NRIの藤沼会長は「ITベンダーはスーツとギークはそこそこ備えているが、次世代の社会をデザインする能力が圧倒的に欠けていた」と指摘。かねてから、ITベンダーはユーザー情報システム部門の出入り業者ではなく、ユーザーのCIO(情報戦略担当役員)の補佐を担う提案型の営業姿勢の重要性が叫ばれていたが、これを「デザイン」という言葉に置き換えて、体系立ててSIerの進むべき道を指し示したのが「ITと新社会デザインフォーラム」の3年間の最大の成果である。
例えば、かつて一世を風靡したNTTドコモのiモードの立役者といえば夏野剛氏(現ニコニコ動画を運営するドワンゴ取締役)、国立新美術館の設計は建築家の黒川紀章氏が手がけたことは広く知られている。情報システムベンダーでも、こうした名前が残るアーキテクト/デザイナーの仕事こそ、究極の付加価値というわけだ。これを達成できなければ、真の意味でゼネコン式多重下請けからの脱却はあり得ない。