ウイングアークテクノロジーズを傘下に抱える1stホールディングス(1stHD、内野弘幸社長)は、今年4月、米セールスフォース・ドットコム(SFDC)と資本・業務提携した。1stHDが第三者割当で株(約4800万円)をSFDCに譲渡するかたちをとった。1stHDは12月から順次、自社のBI(ビジネス・インテリジェンス)などをSFDCのクラウドコンピューティング基盤上で利用できる情報活用関連のサービスを開始。昨年3月に買収したバリオセキュア・ネットワークスのサービスと合わせてパッケージベンダーから脱却し、PaaS(クラウド)事業に経営資源を傾注する。クラウドの普及で既存のパッケージビジネスが変革を迫られるなか、1stHDが今後の方向性を示すことができるかどうかが注目点だ。(谷畑良胤)
1stHDはSFDCからの資本投入を受け、「クラウドサービスに本格参入した」(内野社長)と宣言した。今年4月のことだ。まずは、1stHDのBIダッシュボード「MotionBoard」をSFDCのクラウド基盤「Force.com」上で利用できる「MotionBoard for Salesforce」を提供する。SFA(営業支援システム)であるセールスフォースの画面上で、「MotionBoard」が一つのタブとして機能するようにシームレスな連携をする。また、SFDCが提供する企業内SNS「Chatter」機能を「MotionBoard」で利用できるようにし、スマートデバイスでSNSのやり取りと企業内データを照合しながら、社員同士で議論をすることもできる。1stHDの中川真也・クラウド事業統括部クラウド事業推進室長は、「次の段階では、社内システムのデータとセールスフォース上のデータを集約し、BI分析を可能にすることを目標としている」と、同社のクラウドサービスは、SFDCとの協業にとどまらないとの見通しを示す。

クラウド戦略を構想する1stホールディングスの中川真也・クラウド事業推進室長(左)、内野弘幸社長(中央)、バリオセキュア・ネットワークスの森脇匡紀・VarioCloud & VCR事業推進副本部長(右)
1stHDは昨年3月、ネットワークを介してクラウド環境下にあるアプリケーションとデータを統合するセキュア基盤をもつバリオセキュア・ネットワークスを買収した。同社のセキュリティアプライアンス「VSR (VarioSecure Router)」を利用すれば、SFDCが提供するサービスをはじめ、インターネット上のクラウド環境と自社の企業内ネットワーク環境の違いを意識せずに、「同一のネットワーク環境のデータを集計・分析しているように、一元的に情報を活用できる」(中川室長)という。
同社のPaaSとも呼べるバリオの基盤を使えば、セールスフォースなどクラウドサービスに蓄積したデータに加え、基幹システムなど既存システムの情報資産も、これまでと同様に活用が可能になる。
ユーザー企業は、バリオの基盤を使えば、既存システムを大幅に改築したり、クラウド利用に必要なネットワーク基盤の新規構築などを最小限に抑えながら、必要な業務にクラウドを追加し、全社データを集約・活用できる。セールスフォースとの連携は、この基盤に接続する一つのサービスにすぎないというわけだ。
さらに、1stHDが構想する戦略は、ユーザー・メリットだけを追求した仕組みではない。パッケージやSaaSを提供するソフト開発会社は、バリオの基盤を使えば、システム連携に必要な追加開発の手間が省ける。システム構築するシステムインテグレータ(SIer)も、同様に、最小限の開発で自社で提供するソフトやSaaSを提供し、迅速にサービスを始めることができる。メーカー、販売会社、ユーザーすべてにメリットのあるPaaS基盤に育て上げるというのが同社の構想とみられる。
1stホールディングスの中期経営計画
SFDCから受けた資金は今回のサービス開発に投じ、今年12月に新サービスの提供を開始する。同社では、「6月から『MotionBoard for Salesforce』のβ版をユーザー企業や開発会社のモニターに提供し、変更を加えて12月にサービスインする」(森脇匡紀・VarioCloud & VCR事業推進副本部長)という計画だ。2年目以降は「月額課金で得られる収入を積み上げて、回収する時期にする」(内野社長)。回収にめどがついた段階で、バリオのPaaSとのシステム連携などに必要なAPIを提供し、「3年目に花開く」(同)というスケジュールで開発・販売体制を整えている。
表層深層
1stホールディングスの内野弘幸社長が、パッケージビジネスの限界を感じ始めたのは2年ほど前だ。「持続的な成長に向けて、クラウドとグローバルに取り組む必要がある」と、振り返る。
既存のパッケージソフトをインテグレーションし、実際に使えるようにするまでには開発などで大きな手間を食う。だが、内野社長は「クラウドはその根本を変える。先手を打ってクラウドを事業化する必要がある」と判断し、パッケージ業界のピンチをチャンスに変える戦略の展開へと打って出た。もう一つ、国内IT内需が減退するなか、世界に向けて展開する必要性が高まっているが、進出する道筋が描けない。そこで、世界でサービス展開するSFDCと連携し、打って出ることにした。
調査会社IDC Japanの予測によれば、国内クラウド市場は、年率41.2%の勢いで成長する。だが、国内ITベンダーは「いま儲かっているのはIaaSだけ」という認識で、“場所貸し”しかクラウドは収益を得にくく、SaaSなどアプリ・サービスの成長は困難という意識が浸透している。
今回の両社の協業を冷ややかな目でみる業界関係者も少なくない。「投資の回収に時間がかかり、販管費の負担も相当重いはず」などといった見方だ。だが、バリオの基盤を中核とした同社戦略のなかで、SFDCは一つの連携先にすぎない。技術的な課題や販売体制の構築など課題は多いが、パッケージ業界改革に向けた同社の構想は、理にかなっている。