日本IBM(マーティン・イェッター社長)は、昨年8月にSAPジャパン(安斎富太郎社長)が日本版を発表したクラウドERP「SAP Business ByDesign」と、クラウド型人事ソリューション「SuccessFactors」を、年間契約の定額制で提供するサービスを開始した。とくに「SAP Business ByDesign」日本版の発表は、SAP全体のクラウドへのシフトと合わせて、ERP市場に大きなインパクトを与えたが、ここにきて、日本のユーザーに向けた具体的な商流がみえ始めたといえそうだ。一方で、インメモリデータベース「HANA」のテクノロジーをクラウドサービスの基盤に据えるSAPの戦略は、プラットフォーマーとしてのIBMにとって競合する部分が多い。日本IBMは、このパートナーシップによって何を得ようとしているのか。(本多和幸)
NECとASEANで戦う

道廣圭始
アソシエイトパートナー 米IBMの直近の四半期決算では、サービスセグメントの収益が全体の約4割を占める。そのなかで、SAPをはじめ、オラクル、マイクロソフトなど、各社のERP導入コンサルティング事業を手がけている。日本IBMのSAP導入コンサルティングは、SAPが1992年に日本法人を立ち上げた頃にはすでにスタートしており、二十数年の歴史がある。日本IBMのSAP導入コンサルティング事業立ち上げ当初からチームに参画している道廣圭始・グローバル・ビジネス・サービス事業 コンサルティングサービス エンタープライズアプリケーションズ SAP クラウド担当 アソシエイトパートナーは、「もちろんグローバルでの導入実績も豊富で、SAPソリューションの導入については国産のITベンダーなどとは明確な差異化ができるノウハウをもっている」と自信をみせる。
今回の協業は、すでに米IBMが独SAPとの間で「Business ByDesign」と「Success Factors」の販売を手がけるという覚え書きを交わしていて、これを両社の日本法人の間でも適用すると正式に決めたことを意味する。ERP市場の注目商材だけに、協業を発表した5月19日以降、社内の営業部隊やユーザーから多くの問い合わせが寄せられているという。
「Business ByDesign」をめぐる日本のベンダーの動きとしては、NECが今年1月、独SAPとグローバルで新たな協業契約を結び、ASEAN地域6か国向けに「Business ByDesign」を独自にローカライズしたパッケージの販売に乗り出すことを発表している。現在、ERP需要を支えているのは中堅・中小企業を含めた日本企業の海外進出の加速であり、進出先のメインストリームはASEAN諸国だ。しかし、「Business ByDesign」の従来のローカライズ地域にASEAN諸国は含まれていない。日系企業の海外拠点向けに「Business ByDesign」を提案するという意味では、NECの動きは市場のニーズに半ば独占的に応えているとみることもできる。しかし、日本IBMは、同じ市場でNECと競って「Business ByDesign」のビジネスを展開できると考えている。
マルチプラットフォームがキモ
道廣アソシエイトパートナーは、「ASEAN地域の拠点向けは英語版の提案が主軸になるので、グローバル企業としてのIBMの強みを生かすことができる。ASEANでのSAP製品の導入・運用ノウハウでも引けを取るとは思わない」と話す。また、機能実装での戦略としては、「クラウド商材である『Business ByDesign』は、オンプレミスのERPと比べて限定的なアドオンしかできない。しかし、ERPはユーザーの業務プロセスに合ったものでなければならないのも確かだ。そこで、オンプレミスベースで培ってきた標準業務プロセスのテンプレートをクラウド上に展開し、ユーザーのニーズに合わせてパッケージにしたうえで、プリセットして提供しようと考えている」と説明する。
一方で、「Business ByDesign」をはじめとするSAPのクラウド商材群は、HANAベースのPaaS「HANA Cloud Platform」を共通基盤として展開される。しかし、IBM自身も、IaaS、PaaS、SaaSのそれぞれのレイヤーで自社商材を整備しつつある。しかも、クラウドERPでは、IBMのハードをセットで販売するなどのビジネスは付随しない。
そんななかにあって、日本IBMが「Business ByDesign」を販売するメリットは何か。道廣アソシエイトパートナーは、「将来的に、クラウドサービスが特定のプラットフォームに支配されることはないとみている。最終的にはいくつかのプラットフォームが共存し、それらをつなぐ、マルチプラットフォームで使えるアドオン機能が、クラウドビジネスの有力な商材になる可能性がある」と説明する。
日本IBMにとって今回の協業は、将来、クラウドのマルチプラットフォームで使える基幹業務システムの「部品」を開発するための取り組みといえる。「さまざまなプラットフォームに対応できるようにすることで、クラウドの波の先頭に立つ」(道廣アソシエイトパートナー)戦略なのだ。