日立製作所(東原敏昭社長)は、今年8月、クラウド製品・サービス群を体系化し、新しいクラウド戦略を発表した。その中心として打ち出した「フェデレーテッドクラウド」というコンセプトが、市場に大きな衝撃を与えた。フェデレーテッドクラウドとは、「Amazon Web Services(AWS)」や「Microsoft Azure」といったメガクラウドを「パートナークラウド」と位置づけ、プライベートクラウドや日立が提供するマネージドクラウドと適材適所で組み合わせ、クラウドをシームレスに利用できる環境を実現するというもの。日立は、クラウドサービスの提供元としてどんなビジョンを描いているのか。新戦略の真の狙いを取材した。(本多和幸)
「日立がやらないこと」を示した

中村輝雄
事業主管 悩んだが、勇気を出して完全に手の内をさらけ出すことにした──。日立のクラウド事業をリードする情報・通信システム社の中村輝雄・クラウドサービス事業部事業主管は、そう心境を吐露する。日立のような総合ITベンダーのクラウド戦略は総花的になりがちで、結局は何に注力するのかわかりにくいことがある。しかし、日立が今回、新たなクラウド戦略で明らかにしたのは、端的にいえば、「クラウド領域で、自社ではやらないこと」。その筆頭が「コモディティ化した汎用型のパブリッククラウドサービス」(中村事業主管)であり、結果としてメガクラウドとパートナーシップを組むことになったわけだ。
日立の従来の顧客は、メガバンクや通信キャリアなど、パブリッククラウドへのニーズが比較的低い、保守的なITユーザーであるという事情もある。ただし、従来の顧客の間でも、周辺系のシステムなどでパブリッククラウドのニーズが広がっているのが実際のところ。それでも、「汎用型のパブリッククラウドサービスは、ハードでいえばパソコンのようなもの。コモディティ化した技術では勝負しないと決め、パソコン事業をやめた日立がやるべきことではないと判断した」と、中村事業主管はフェデレーテッドクラウドのコンセプトを打ち出した背景を語る。さらに、「クラウドの種類は一つではないという基本的な認識が欠けている議論が多い。当社のメインビジネスは、あくまでも大規模な基幹系システム。そういった分野で必要とされるプライベートクラウド環境や、1VM(仮想マシン) 単位でオンプレミスのサーバーと同等以上の高信頼性を追求するクラウドのマネージドサービスは、日立が自ら提供する。この分野では、サービスベンダーとして世界で勝負するし、勝てると思っている」と、語気を強める。
ただし、メガクラウド上で基幹システムを稼働する例も出てきている。日立がメガクラウドとの連携を進めたのも、パブリッククラウド市場が、2012年から2017年まで、年率平均25%の割合で伸びるという見込みがあってのことだ。中村事業主管は、「ウェブ系のサービスなどは、サーバーの物量でロードバランシングするようなメガクラウドが合っている。しかし、エンタープライズシステムのDBをクラウドで走らせるなら、1VM単位の信頼性が必要なはず。当社のマネージドクラウドのニーズは絶対になくならない。日本では、本来、乗せるべきではないシステムにまで汎用型パブリッククラウドサービスが使われるようになってきていると感じる。何か大きな障害が起きればトレンドが変わる可能性は高い」と主張する。また、北米では「メガクラウドによる新たなベンダーロックインが生まれつつあり、ユーザー側の熱は一段落している」として、グローバルで競争力のあるストレージやハイエンドサーバーを提供する日立の「高信頼クラウド」に対するニーズは、決して小さくないと見込んでいる。
出前クラウドでSIerとも連携強化
日立の新しいクラウド基盤戦略は、IaaSレイヤのフェデレーテッドクラウドを中心に据え、「クラウドセキュリティ」「SaaSビジネス基盤(PaaS)」「サービスインテグレーション」を主な構成要素としている。異なる種類のIaaSをシームレスにつなぎ、その上に構築するシステムのデザインや構築・運用は 「日立品質」で行う。フェデレーテッドクラウドだけでなく、他の3領域でも、汎用的な個別商材は自社で提供せず、日立の商材ラインアップを補完する他ベンダーと協業するのは共通の方針だ。
基本的に「全方位でパートナーシップを結び、パートナーは拡大していく」(中村事業主管)とはいうものの、まずは、グローバルで高いシェアを誇るサービスベンダーや、特徴のあるサービスを提供しているベンダーを優先して協業を模索する。例えば、PaaSレイヤでは、セールスフォース・ドットコムの「Force.com」と連携する。また、IaaSのパートナークラウドは、AWSとAzure以外のサービスもラインアップに加わる可能性が高い。日立が「やらないこと」を発表した影響がすでに現れていて、「SoftLayer」を擁するIBMが接触してきているほか、クラウドセキュリティではトレンドマイクロも協業に興味を示している。
また、日立は、フェデレーテッドクラウドを実現するための個別サービスとして、「出前クラウド Federated Ed.」を年内に提供開始するが、これを「独立系のSIerなどにホワイトラベルで提供することも考えている」(中村事業主管)という。「出前クラウド」は、プライベートクラウドを構築するための設備一式をレンタルするサービスで、これに異なる複数のクラウド環境を一元管理する「フェデレーテッドポータル機能」を付加した。中村事業主管は、「SIerが自分たちのブランドでマネージドサービスをつけて再販し、SIもやれば、従来のビジネスモデルを壊さずにクラウドビジネスができる。彼らとの協業は大歓迎だし、実際に数社と話が進んでいる」として、グループ会社だけでなく、大手・中堅SIerとの連携も進めて、クラウドビジネスの拡大を図る方針だ。
表層深層
中村事業主管は、「日立はAWSの軍門に下ったのかと言う人もいるが、全然違う。パブリッククラウド大手にすべてのニーズが集約されるわけはない」と、半ばうんざりしたように話す。汎用的なクラウド基盤としてメガクラウドと全面的にパートナーシップを組むという方針に対して、大きな反響があったことをうかがわせる。しかし、コモディティ化した領域に自社のリソースを投入せず、確かな強みがあり、大きな収益が期待できる領域で勝負するというやり方には、説得力がある。自社の顧客の特性も踏まえ、十分なニーズを見込んでいる点も同様だ。
一方で、中長期でみた場合の「高信頼性クラウド」の市場のポテンシャルは、汎用型パブリッククラウドに比べればかなり限定的なのではないか、という疑問は残る。例えば、日立同様にPCをとうの昔に手放し、またコモディティ化した事業をどんどん売却して高収益事業に注力するIBMは、M&Aで手に入れたパブリッククラウドサービス「SoftLayer」をクラウド戦略の核に据えている。これは、パブリッククラウドの市場の成長性を重視していることの現れとみることができる。しかし、富士通、NECを含め、日本の大手総合ITベンダーは、メガクラウドの対抗軸になろうとはしていない。この決断が果たして吉と出るか。