オービックビジネスコンサルタント(OBC、和田成史社長)は、主力製品である基幹業務システム「奉行i8」シリーズのクラウド対応版「奉行i8 for クラウド」を、今年12月にリリースすることを明らかにした。クラウドは、基幹系システムの利用に十分な環境を提供できるほど進化したが、実際にクラウド化を進めているユーザー企業はまだまだ少数。SMB向けの業務ソフト市場も、クラウド商材に本腰を入れている大手パッケージソフトメーカーは限られることから、いまだに本格的な市場形成の段階にはない。その意味で、最大手のOBCがクラウド対応製品を世に出すインパクトは大きい。ただし、OBCが最優先で追求したポイントは、奉行i8のSaaS化ではなく、「いかにパートナーが無理なく売ることができるか」だ。(本多和幸)
パブリッククラウドと連携

和田成史
社長 奉行i8 for クラウドは、OBCがSaaSとして提供するわけではないという点が、先行するクラウド型業務ソフトと大きく異なる。OBCは、同社とパートナーシップを結んだパブリッククラウドベンダーのIaaS(パートナークラウド)上で奉行i8 for クラウドを動かすことを前提に、動作保証と専用のサポートサービスを提供する。現時点で明らかになっているパートナークラウドは、「Microsoft Azure」「IBM SoftLayer」「BIGLOBEクラウドホスティング」の三つだが、順次拡張する方針だ。そして、これらのパブリッククラウドを利用して、奉行i8 for クラウドを導入するのは、販売パートナーの役割になる。OBCとしては、ここでパートナーに収益を確保してもらおうという思惑がある。
今年6月、OBCが個人事業主向けにクラウド会計ソフト「奉行J Personal」のβ版を発表した際、大原泉取締役は「法人向け商材の拡販には、全国3000社のパートナーとの連携が生命線。クラウド型の業務ソフトをOBCに提供してほしいという要望は相当数いただいているが、パートナーがきちんと儲かるビジネスモデルを打ち出せなければ、手を出せない」と、主戦場でのクラウドビジネスには高いハードルがあることを示唆していた。さらにOBCの担当者も、「多くのパートナーが、クラウドという選択肢が必要だと考えている。一般的なSaaSモデルでは、ソフトベンダー側がインフラをすべて用意するかたちになる。SIerなどにとっては、ハードウェア販売や、SI(システムインテグレーション)の仕事がどうなってしまうのかという疑念がつきまとい、積極的に売ろうと思えないのではないか」と指摘する。奉行i8 for クラウドのビジネスモデルは、ハードウェアがIaaSに変わっただけとの見方もできるが、パートナーのビジネスを壊すことなく、クラウドのよさも生かすという発想だ。OBCのようなパートナービジネスを重視する企業のクラウド戦略としては、最適解なのかもしれない。
クラウド戦略にみる「OBC vs. PCA」
パートナーの視点でみると、奉行i8 for クラウドは、オンプレミスと同じプロセスで提案できる商材だ。物理サーバーの代わりに、パブリッククラウドの仮想サーバー上に運用環境を構築するという点が異なるだけで、機能性や操作性、拡張性は、既存の奉行i8とまったく変わらない。また、いったん奉行i8 for クラウドを導入して、後からオンプレミスに切り替えることも可能だ。
奉行i8 for クラウドの販売パートナーには、専用のクラウド環境構築ツールを提供するほか、教育メニューも強化する。とくに環境構築ツールは、自動化できる範囲が広く、「オンプレミスに比べて、導入までの作業をかなり削減できるので、環境構築にかかる時間は4分の1に短縮できるとみている。パートナーの生産性向上にも大きく貢献する」と、和田成史社長はアピールする。パートナーは、環境構築を収益源にしても、ハードウェアの販売がなくなることに変わりはなく、若干実入りは減るだろう。そこでOBCとしては、生産性を上げることで案件の「数」を稼いでもらおうと考えているわけだ。
さらに、支払いモデルも、従来のパッケージ購入と同様のかたちをとる「イニシャル重視モデル」と、サブスクリプションモデルの「ランニング重視モデル」という2種類を用意する方針だ。ここにも、依然としてフロービジネスでの収益を重視するパートナーへの配慮が透けてみえる。
パートナークラウドのベンダー側も、奉行i8 for クラウドには大きな期待を寄せているようだ。日本IBMの尾藤太一・パートナー事業クラウド事業部課長は、「IBM SoftLayerの国内データセンターも、奉行i8 for クラウドのリリースと同じ12月に稼働する。顧客基盤拡大に向けて、有力なコンテンツと連携できることは心強い」と話している。
ただし、ユーザーの視点では、ソフトベンダー側がインフラを用意するSaaSモデルに比べて、TCO(総保有コスト)は不利になる可能性が高い。例えば、奉行i8 for クラウドのイニシャル重視モデルは、3ライセンスで製品価格が120万円の予定。別途OBCメンテナンスサポートサービス(OMSS)への加入が必要で、これが年額24万円(予定)になる。さらに、パブリッククラウドサービスの対価も支払う必要がある。
一方、クラウドで先行する業務ソフト市場のライバル、ピー・シー・エー(PCA)の「PCA会計X クラウド」は、SaaSモデルである。奉行i8 for クラウドのイニシャル重視モデルの類似プランである「買取プラン」の製品価格は、2CAL(クライアント・アクセス・ライセンス)で36万円。これに、初期費用10万円と、月額1万9000円以上のサーバー利用料が加わる。もちろん、条件が完全に同じではないので、単純な比較はできないが、割安感では「PCAクラウド」に軍配が上がりそうだ。
かつてPCAの折登泰樹・専務取締役は本紙の取材に対して、「ユーザーはTCOに非常にシビア。それを踏まえて価格も設定しているし、パートナーが売りやすいように、一定期間の利用料金をまとめて支払う『プリペイドプラン』を用意するなどの工夫もしてきた」と話していた。これとはまったく異質な戦略を打ち出したOBC。パートナーのビジネスを最優先するクラウド戦略は、どのような成果を得られるのか。業務ソフトのクラウド化の方向を左右する可能性もある。
表層深層
OBCがクラウド版の奉行シリーズを出すという話は、2年以上前から断続的に聞こえてきていた。消費税改正やWindows XPのサポート終了による特需の対応に追われたことなどから、実際の動きは遅れたが、ようやく全貌がみえてきた。
ライバルのPCAは、2008年にPCAクラウドの前身「PCA for SaaS」をリリースし、すでにユーザー数は5000社を超えたが、PCAクラウドを積極的に売ろうというパートナーが多数派というわけではない。OBCは、こうした先行事例を慎重に研究して、販売パートナーの利益を最優先したビジネスモデルを打ち出した。この施策が、クラウドを売ろうというパートナーのモチベーションにどの程度影響を与えるのかは注目に値する。
一方で、サーバーをパブリッククラウドに置き換えただけではクラウドのメリットをユーザーが享受できない、という指摘を否定できないのも事実だろう。TCOを最も重視するユーザーは多い。OBCにとっては、これを乗り越える提案力をパートナーに身につけてもらい、ユーザーにとってのメリットをきちんと提示することが成功の条件になる。(本多和幸)