オービックビジネスコンサルタント(OBC、和田成史社長)は、個人事業主向けにクラウド会計ソフト「奉行J Personal ベータ版」の提供を開始する。中堅・中小企業(SMB)向け業務ソフトの王者として君臨してきたOBCが、クラウド会計ソフトの提供、そしてスモールビジネス市場の開拓につながる新たなチャレンジに具体的な一歩を踏み出したインパクトは大きい。業務ソフト市場の勢力図に及ぼす影響は見過ごせない。(本多和幸)

大原泉
取締役 「奉行J Personal ベータ版」と同社の従来製品の大きな違いは、エンドユーザー向けの機能だけでなく、彼らの経営をサポートする会計士・税理士向けのメニューを備え、両者がデータをクラウドでシームレスに共有できるようにしたことにある。また、簡単に入力できることにも徹底的にこだわったという。簿記の知識がなくても、取引の分類を選択して日付と金額を入力するだけで自動で仕訳伝票を登録する機能をもつほか、金融機関が提供する銀行口座の入出金やクレジットカードの明細データを簡単に取り込むこともできる。クラウドの特性を生かして、PCだけでなく、タブレット端末での利用も可能だ。
こうした機能を開発するにあたって、個人事業主向けの会計ソフトで圧倒的なシェアを誇る弥生や、クラウド会計で急成長しているfreeeなど、競合するベンダーの製品を徹底的に研究したことは想像に難くない。そのうえで、OBCが現時点でベストと考える機能を盛り込んだということだろう。対応OSはWindows 8のみで、無料のベータ版は、9月末までWindows ストアから提供する。
では、OBCが個人事業主向けのクラウド会計ソフトという新しい領域に進出する狙いは何なのだろうか。総務省の労働力調査では、2013年現在で、554万人の個人事業主が存在するとしている。また、弥生の岡本浩一郎社長が、「年間20万~30万の新しいビジネスが生まれていて、業務ソフトの需要は伸びている」と指摘するように、IT投資が拡大しつつも、新陳代謝が激しい市場だ。常に一定規模の新しいユーザーが生まれ続ける有望市場を開拓したいという意向はあるだろう。
さらに、OBCにとっては、これまでのビジネスモデルにとらわれずに、クラウドで新しいチャレンジができる市場でもある。SMB向け業務ソフトでの同社のシェアを支えるのは、全国3000社ともいわれる販売パートナー網だが、クラウド商材のパートナービジネスには、案件の単価が低くなるという課題がいまだにつきまとう。しかし、OBCにとって既存のパートナー網が存在しない個人事業主向けの市場では、クラウド商材のマーケティング手法や売り方などを自由に模索できる。大原泉取締役も、「SNSを広告宣伝に使ったり、先行ベンダーを研究しながら、ウェブを最大限に活用したマーケティング手法を追求してみたい」と話している。
こうした「研究」の成果は、いずれ主力の「奉行i」シリーズをはじめとする法人向け商材のクラウド化にも生かすことになる。「法人向けのクラウドは、パートナーのビジネスモデルができあがらなければ本格的な展開は難しい」(大原取締役)とはいうものの、OBCがクラウドのパッケージを世に出すことに対する市場の反応を実際にみることができるのは大きなポイントだ。
また、「奉行J Personal ベータ版」に会計士・税理士向けの機能を備えた点については、個人事業主を顧問先とする会計士・税理士の新しいチャネル網を構築しようという狙いもあるとみられる。すでにOBCには、ASOSという会計士・税理士のパートナー制度があるが、これは基本的に法人の顧問を務める会計事務所などを対象にしている。
とはいえ、個人事業主向け会計ソフトやクラウド会計ソフトは、先行する強豪がひしめく市場であることに変わりはない。弥生の岡本社長はかつて、本紙の取材に対して、「中堅・中小向け業務ソフトベンダーなどが、しばしばスモールビジネス市場に足を踏み入れようとするが、うまくいった試しがない。本気でやる気があるのなら、ベンチャーを買収するなどして、われわれが簡単に真似できないようなイノベーティブな製品を世に出してくれないと、市場のパイも広がらない」とコメントしたことがある。「奉行シリーズ」という強力なブランドが、そうした壁を乗り越え、クラウドでも主役を演じることができるのか。大きな注目を集めることになりそうだ。