日本IBM(マーティン・イェッター社長)は、オープンクラウド戦略の要として、PaaSである「Bluemix」の国内展開を強化している。Bluemixは、実行環境としてオープンソースのPaaSソフトウェア「Cloud Foundry」を採用している。IBMの主張は、現在、クラウド市場をリードするパブリッククラウドベンダーのIaaS/PaaSは、新たなロックインの温床になっているというもの。ロックインを懸念することなく、システム開発に集中できるというオープンなPaaSは、PaaS市場の勢力図を変えることになるのだろうか。(本多和幸)
基盤移行の自由を保障

紫関昭光
理事 ソフトレイヤーを買収して、IaaS「IBM SoftLayer」をラインアップに加えたIBMは、一気にメガクラウドの一角を占めることになった。次に力を注ぐポイントは、一つ上のレイヤであるPaaS領域だ。IBMは今年6月に「Bluemix」を正式にリリースし、その第一歩を踏み出した。
これまでも「クラウドのオープン化」を戦略として掲げてきた同社は、全社の統一方針として、オープンソースのIaaS基盤「OpenStack」の支援と採用を打ち出している。当然、SoftLayerでもOpenStack対応を着々と進めている。PaaSも同様で、Bluemixはオープンソースの「Cloud Foundry」をベースにしている。
IBMは、この「オープンなPaaS」こそが、クラウド市場でビジネスを伸ばすためのキーテクノロジーだと考えている。日本IBMの紫関昭光・GTS事業クラウド事業統括理事は、「『Force.com』や『Google App Engine』、『Microsoft Azure』といった既存の有力なPaaSは、多かれ少なかれプロプライエタリ(利用制限付き)で、ロックインのリスクを孕む。それこそが、ユーザー企業が大事なアプリケーションをPaaS上で組めない理由だった」と指摘する。
ロックインのリスクは、ユーザーのビジネスが成長するにつれて大きくなっていく。例えば、プロプライエタリなPaaSは、パブリッククラウド上で展開されているものが多いが、トランザクションの増加に対応するにはスケールアウトしか選択肢がない。紫関理事は、「スケールアウトしていくと、使用料は必然的に高額になるので、インフラを利用するよりも所有したほうが有利だと考えるユーザーも出てくるだろう。しかし、そうなるとアプリケーションを開発し直すしかないので、膨大な時間とお金がかかる。そもそもなぜパブリッククラウドを採用したんだという責任問題にまで発展しかねない」と話す。その点、Bluemix上で構築したアプリケーションは、Cloud Foundryを採用しているPaaSであれば自由に移行できるというわけだ。Cloud Foundryは、EMCとVMwareなどが設立したPivotalが開発を主導してきたが、プロジェクトそのものは、IBMをはじめヒューレット・パッカード、SAP、Rackspaceなど、そうそうたる顔ぶれが支援し、早ければ年内には、彼らが設立した財団「Cloud Foundry Foundation」が運営主体になる。将来、Cloud Foundryを採用するPaaSは確かに増えそうだ。「最初は耳に当たりのいいことを言っていたのに、2年目から保守料金が跳ね上がったとか、そんなひどいビジネスがPaaSの世界では少なからずあった。仮にIBMがBluemixでそういうことをしたとしても、ユーザーは他社に簡単に乗り換えることができる」と、紫関理事は既存のPaaSに厳しい目を向けるとともに、オープンなPaaSのメリットを強調する。
カバー範囲の広さが強み
オープンなクラウドを指向することは、当然ながら競争もオープンになることを意味する。Cloud Foundryにも複数の有力ベンダーが参画するなかで、IBM自身はどのように競争力を発揮していくのだろうか。ここで生きてくるのが、Bluemixのクラウド基盤でもあるSoftLayerの存在だ。
Amazon Web Services(AWS)をはじめとする巨大IaaSの一つとして数えられるSoftLayerだが、IBM自身はSoftLayerを単なるパブリッククラウドとは定義していない。オーソドックスにマルチテナントのパブリッククラウドとして利用することも可能だが、物理サーバーを仮想化せずにクラウドのインフラとして使う「ベアメタルクラウド」を安価かつ迅速に提供できることを売りにしているからだ。また、SoftLayerは、ユーザーが占用できるセキュアなネットワークもサポートしている。つまり、オフプレミスではあるものの、限りなくプライベートクラウドに近いかたちのサービスも提供できるということだ。
紫関理事は、これらを自由に組み合わせて使うことができるのが、SoftLayerの強みだと主張する。「試験段階ではコストが安いVM(仮想マシン)上でアプリケーションを組み立てて、いよいよ本稼働となったら、例えばDB(データベース)の部分は非常にセンシティブでより高いパフォーマンスが必要となることからベアメタルにして、アプリケーション自体はそのままVMに置いておく。これをSoftLayerの一つのデータセンター(DC)の中でLAN接続して、パブリッククラウドとプライベートクラウドをハイブリッドで動かすようなことも可能だ」。
IBMは、モバイルやソーシャル、アナリティクスなど、比較的新しい種類のアプリケーションを「Systems of Engagement(SoE)」と定義し、Bluemixをそのための開発環境に位置づけている。アジャイル開発やDevOpsなど、まずはユーザーにスピーディにアプリケーションを届け、徐々に育てていく手法に適したツールということになる。ユーザーのビジネスが成長して、クラウドのインフラがパブリックからプライベートに移行したり、両方を組み合わせて運用したりするニーズが出てきた場合でも、IaaS/PaaSをIBMブランドで一体的に提供できるのが同社の強みだ。近く、「オンプレミス用のソフトウェアとしてのBluemixも出てくる」(紫関理事)とのことで、プラットフォームとしての守備範囲はさらに広がる。
まずは直販で事例づくり

牧裕一朗
部長 日本IBMのロイヤルカスタマが多い金融、製造分野では、すでにBluemixに興味を示している企業があるという。まずは直販で事例づくりに取り組む。
牧裕一朗・ソフトウェア事業SWテクニカル・セールス企画部長兼ソフトウェア・クラウド担当部長は、「コンシューマ向けでは、多くの企業がスマートデバイスに対応した新しいサービスを提供するようになった。こうしたアプリケーションは、短いサイクルで機能をブラッシュアップしていかなければならないので、オープンなPaaSで柔軟に拡張できるBluemixが役に立つ。同様に、今後の発展が期待できるIoTも、フォーカスしている領域」と説明している。
エコシステムはまだ不透明
Bluemixのエコシステムの整備状況をみると、ピツニーボウズ・ソフトウェアの位置情報サービスや、Twilioのクラウド電話 APIサービス(日本ではKDDIウェブコミュニケーションズが販売)などをBluemix上で提供し始めている。Bluemixユーザーは、こうしたサービスのAPIをコールして自らが構築したアプリケーションとつなぎ、オリジナルな機能を実現できる。「今は特徴のあるサービスをBluemix上に揃え、Bluemixユーザーがアプリケーションをつくる際に利用できる便利な部品を増やす段階。日本のベンダーのサービスも、これからどんどん加えていきたい」(紫関理事)という。
ただ、販路についてはまだ不透明だ。現在は日本IBMの直販だけで展開している。SIerなどのパートナーに、システム構築込みの再販をしてもらうなどのビジネスモデルは、「あり得るが、今のところ計画は明確になっていない」(牧部長)という。
ただし、紫関理事は、「System xはレノボに売却したが、当社のパートナーがSystem xで得たノウハウは、SoftLayerやBluemixで生きてくる」とも話している。IaaSと比べてPaaSは未成熟な市場だ。SIerがBluemixを再販できるようになったとしても、すぐに飛びつくとは限らない。しかし、リスクを取ってアクションを起こすSIerが大きな先行者利益を得る可能性もある。