SAPジャパン(鈴木洋史社長)は6月29日、ERPパッケージとAIソリューション、RPAなどを組み合わせて企業規模や業務・業種別に標準化したパッケージ「インテリジェントエンタープライズ標準ソリューションモデル(i-ESM)」の提供を始める。ERPを核にしたより現代的なビジネス基盤としての基幹業務システムを短期間で導入できるようにし、導入費用も“明朗会計”化する狙い。これにより、年商規模が500億円から3000億円程度までの中堅・準大手企業ユーザーの新規開拓を加速させたい考えだ。また、i-ESMのラインアップは業種・業界特化でERPビジネスの豊富なノウハウを蓄積しているパートナーと共同で整備。SIパートナーの能力を可視化する効果も期待できそうだ。(本多和幸)
SAPジャパンでi-ESMのビジネスを主導するエンタープライズビジネス統轄本部統括本部長の平石和丸・バイスプレジデントは、ERPに対するユーザーのニーズが変化していることが施策の背景にあると説明する。「従来は、ワンシステムで全社の業務を標準化する、情報・データを統合して経営の可視化を進めるといった目的でERPを導入するケースが多かった。しかしこの数年で、ERPにAIを活用したソリューションやRPAなどの新しい技術を組み合わせる動きが拡大し、実績の記録システムから将来の予測システムとして位置づけ、より生産性を上げられる仕組みをつくっていこうという流れが加速している」
そうしたニーズを踏まえて、SAPもERPと親和性の高いインテリジェントなアプリケーションやミドルウェアなどのラインアップを拡充してきた。ただし、結果としてユーザーにとっては基幹システムを刷新する際の検討プロセスがより複雑化し、スピーディーな導入が困難になるという課題があった。
直近5年ほどのERPビジネスの動向を踏まえ、SAPジャパンは「業種・業態ごとにERPと先進テクノノロジーを組み合わせた提案の標準的な“型”を見つけることができた」(平石バイスプレジデント)という。そこで、それらをパッケージソリューションに仕立てて、i-ESMとして提供することにした。インテリジェントな機能を備えた基幹システムを短期間で導入できるようにするという意図だ。中堅・準大手企業層は成長企業が多く、事業のグローバル化も進み、ビジネスインフラとしての基幹システムの刷新が急務であるにもかかわらず、社内のリソースやリテラシーが必ずしも十分ではないケースも多い。i-ESMにより享受できるメリット、ニーズとも特に大きいユーザー層だと判断した。
パートナーの能力を可視化する効果も
i-ESMの具体的なラインアップはパートナーが構築する。特定の業種・業界の業務ノウハウに精通し、ERPの実装などで豊富な実績を持つパートナーを中心に、まずは7社がこの枠組みに参画している。アイ・ピー・エスとSCSKは商社・卸向け、NTTデータグローバルソリューションズが商社・卸と製造業向け、TISは素材産業向け、コベルコシステムが製造業向けの自動化、SHIFTはレガシーシステムからのデータ移行、三井情報は海外拠点向けのi-ESMを提供する。
i-ESMは、モデル価格と標準的な導入スケジュールが規定されたERPモジュールと、オプションとなるSAP製品や、パートナーの独自商材・サービスから構成される(図参照)。こうした仕組みのため、「同じ業界向けでもパートナーごとに個性が違い、各社の強みを生かしたラインアップになっている」(平石バイスプレジデント)という。
顧客にとっては、ビジネスインフラ刷新の検討をシンプルにできるという効果に加えて、パートナーごとの得意分野や能力が可視化されるというメリットもある。平石バイスプレジデントは「SAPのSIパートナーは国内で200社を超えているが、ユーザーにとっては、本当に新規のプライムプロジェクトにモチベーションがあり、自分たちが求める能力を持つベンダーはどこなのか判断しやすくなる」と説明する。これまでは、SAPジャパンから見てもユーザーの要望とパートナーの能力にミスマッチがあるケースが散見されていたという。i-ESMにはその解消策としての位置付けもあり、新規顧客獲得の大きな推進力としたい意向だ。
一方で、SAPのERP旧製品の保守期限が2027年に迫っており、最新製品への移行のための人的リソースのひっ迫が大きな課題として指摘されて久しい。SAPジャパンはi-ESMのパートナーを拡充していく方針だが、既存顧客対応で手一杯のパートナーも少なくない。平石バイスプレジデントは「i-ESMは既存ユーザーのマイグレーション案件に比べてブルーオーシャンの領域。老舗のパートナーでも既存顧客のケアと新規顧客開拓をバランスよくやっていきたいというケースは少なくないし、新しいパートナーも増えている」と話す。
平石バイスプレジデントが率いるSAPジャパンの中堅・準大手向け直販部隊は、i-ESMの提案に注力する方針。SAPのSIパートナーの中心的なビジネス領域は従来、ERPのアドオン開発や実装における労働集約的なビジネスだったが、同社のパートナーエコシステムも変質しており、より上流での価値づくりが大きな商機につながりつつある。