現在、特に製造業の経営者にとって頭の痛い問題は、円安によるエネルギーや材料の高騰や客先への値上げ交渉など、調達先の選別と製造コストの見直しである。今までの経験だけでは、何をどのように見直していけば良いのか、何を優先として設備投資をしていけば良いのか、あるいは事業転換や事業承継をしたら良いのかなどの課題解決は難しい。これらの難しさを克服するには、現場知をIoTによって収集し、現状を「見える化」することが重要である。
中堅・中小製造業向けIoTツールの導入基準
製造業における現場知の「見える化」は、5S(整理/整頓/清掃/清潔/しつけ)やQC(品質管理)活動やヒヤリハットなど、今までさまざまな現場プロセスの見直し手法やプロダクトの改善手法によって行われてきた。例えば、ラインリーダーが5Sによって現場の状況を直ちに把握し数字化して、エクセルやホワイトボードへ記入し、QC活動などで改善ポイントを見える化する。部課長会議によって、ヒヤリハット事例も考慮し、生産調整や部材調達管理、価格交渉の案を月例会議で決定し、4半期ベースの経営会議で案を修正するなどで改善してきた。
しかし、IoTによる見える化がこれらの改善の流れと違うのは、リアルタイムに見える化し、調達・製造・流通・廃棄の現場および経営層にかかる部署など含め横断的に情報を共有できる点にある。このとき着目する点は、(1)技能伝承・脱属人化、(2)設備稼働率向上、(3)ミス削減・不良率低減、(4)品質向上、(5)コスト削減(設備・運用)、(6)安全性向上、(7)身体的負担軽減、(8)ビジネスプロセス改善、(9)ユーザー利便性向上――の9点である(関西経済連合会調べ)。
9点の中から具体的なユースケースを考えることによって、自社にとってのIoTツールの導入の基準が明らかになる。
ユースケースとIoTツール
実際、IoTツールを導入前する前の選別時には、大きな二つの疑問を基準として考える必要がある。一つには、現場の何をユースケースとして見える化したらいいかという点。二つめには、見える化したユースケースがどのようなプロセスと関連し、高付加価値に向かう経営課題の解決に結びつくかという点である。
というのも、ユースケースの選択によって、IoTから取得したいデータのある現場が異なってくるためである。例えば、(1)生産現場における課題を解決するためのツール、(2)工場や企業の外と情報をやり取りする際の課題を解決するためのツール、(3)事務における課題解決ツール、(4)グローバル化にともない海外で展開するために役立つツール、(5)自社製品をIoT化するためのツール、(6)データの活用全般に関わるツール、(7)人材育成の観点で活用できるツールなど。したがって、どのユースケースに関連するIoTツール導入を優先するかによって、高付加価値へのロードマップも変わってくる。
データ利活用の進展と「見える化」ユースケース別の対象経営課題
エンゲージメントを支えるIoT
このように、IoT導入によって持続的に試行錯誤していくことで、高付加価値を生む自社ロードマップが実現可能なものとなる。
結果として、生産現場のカリスマラインリーダーや営業現場のエースなどの属人的なノウハウに隠れていた現場知を見える化し、「共有」することとなり、次世代人材の育成のしやすさや新たな人材の確保のための活躍の場も多様になる。さらに、人に囲い込まれた情報中心の現場から、今まで全社的に流通しづらかった顧客や職人の現場知をエビデンスとしたエンゲージメントを支える情報中心の現場へと変化することとなり、高付加価値な企業体質につながるだろう。
この変化こそ、中小企業の未来を拓くきかっけや気づきにつながるIoT導入の効果といえよう。
■執筆者プロフィール

村本睦子(ムラモト ムツコ)
ITコーディネータ
官公庁向けシステムエンジニア、まちづくり、6次化支援に携わる。現在、北陸先端科学技術大学院大学で博士後期課程の学生をしながら、顧客企業の新規事業やSDGs経営のコンサルティング、IT経営支援を行っている。