美しい歌声の持ち主がいる。彼女は森の中でひとり歌っている。彼女の目的はなんだろう。ひとり歌う喜びのみであれば良い。しかし、多くの人にその美声を聞いてもらいたいのだとしたら、どうだろう。どうやって多くの聴衆を森に集められるだろうか、森で歌う理由は何だろうか、どんな歌を利かせてくれるのだろうか、その歌声にはどんな魅力があるのだろうか――。そこで彼女に必要となるのが、マーケティングである。
マーケティングは「コミュニケーション」と「教育」
100人の聴衆を集めて素晴らしい歌声を聴いてもらうためには、どうすればいいだろう。彼女の歌声を聴きたいかどうかも分からない人たちにメッセージを伝え、聴きたいと思う人たちの心をつかみ、聴きにこようと行動を起こさせる。マーケティングとは、本当に聴きたいと思っている人たちにいかにそれを知らしめることができるか、という「コミュニケーション」と、その歌声を聴きたいと思わせるための「教育」なのである。
「算数」で組み立て「忍耐」強く進める
誰にも知られていないものに人々の関心を集めることはそう簡単ではない。ある統計では、「全く無関心な人」を「購入希望者」へと変えるためには、顧客の心をマーケティングのメッセージによって9回は掴む必要があるという。発信したマーケティングのメッセージに関心を持ってくれるのは3回に1回だけ、これが「オンライン」マーケティングになると、10回に1回となる。
つまり、潜在顧客が購買を意思決定するために、マーケティングメッセージを彼らの目に触れさせなければならない回数は27回、「オンライン」マーケティングならば90回のメッセージを発信しなければならないということになる。この統計から学べることは二つ、マーケティングは「算数」で組み立てられること、そしてマーケティングは「忍耐」が必要だということだ。
必要な三つの要素とは
ではマーケティングを具体的にはどう進めたら良いのだろうか。マーケティング戦略を推進するために必要な活動が「マーケティングキャンペーン」である。無関心な人を見込み客へと行動変容を促すための活動だ。マーケティングキャンペーンに必要な三大要素は、「ターゲット」「提案」「宣伝文句」である。
一般的に広告の力は、優れた宣伝文句にあると考えられている。だが、これら三つの要素のうち最も重要な要素はターゲットである。例えば、サーフボードの新製品を広告する場合に、たとえ非常にクリエーティブで印象的な宣伝文句が用意されたとしても、その広告を登山専用の雑誌に載せたとしたら、大きな反応を得ることはできないのは明らかだ。
ターゲットとは、誰にアピールしたいのか、彼らは何を買いたいのか、彼らはなぜ我々から買うのか、彼らはどこに集まっているのか、を定めること。我々自身が誰を探しているのかを理解すれば、ターゲットをどこで見つけることができるのかを知るチャンスが広がる。マーケティングは、ターゲットの情報を収集するところから始まるのだ。
二つめの要素、「提案」について考えてみよう。マーケティングで成果を上げるためには魅力的な提案が必要だ。フランシス・コッポラ監督の「ゴッドファーザー(The Godfather)」で、マーロン・ブランド演じるドン・コルレオーネがいう「I'm gonna make him an offer he can't refuse(私は彼が拒否できない申し出をするつもりだ)」という名セリフがある。このセリフにある“offer(提案)”の意味するところは、脅しのようにもとらえられるが、相手に経済的なメリットを与える交渉表現と考えられる。ターゲットの心をつかむには、ターゲットが飛びつくような提案が必要だ。人々はどんな提案に飛びつくのだろうか。
(1)得られることへの欲求、(2)失うことへの恐れ 、(3)心地良さや便利さ、(4)安全・保護、(5)所有することへのプライド、(6)感情的な満足――。これらは、人が購入する主な動機である。マーケティングで行う提案に、これらの要素を組み入れることで人々の関心を引き寄せるのだ。
三つめの要素は「宣伝文句」である。広告の見出しやキャッチコピーで瞬時に心をつかむものである必要がある。そうでなければ、せっかくの素晴らしい提案もターゲットの目にとまらない。この広告をもっとよく見てみよう、と3秒以内に思わせられるかどうかが勝負だ。
マーケティング効果の測定
マーケティングは算数である。数字で測定をしなければ、マーケティングがうまくいっているかどうかなど判断できない。キャンペーンが必ずしも成功するとは限らない。その8割は失敗に終わるといわれている。
大切なことは、まずは小さくやってみて成果の測定をすること。そして、2割の成功を見つけるまでは、何度も小さなキャンペーンを行って検証してみること。51%の方向性が見えたら少し改良を加えてまたやってみる。三つの要素をひとつひとつ試しながら、忍耐強く、小さな成功から徐々に大きくしていくことだ。多額の費用をかけて大規模な全国キャンペーンを行うよりも前に、まずは森からすぐそこの町の聴衆をターゲットにキャンペーンをやってみて、どれくらいの効果があるのかを試してみるところから始めてみよう。
■執筆者プロフィール

小竹 敏(オタケ サトシ)
Green Sun Japan 執行役員 ITコーディネータ
1962年新潟県生まれ。85年に野村総合研究所(NRI)に入社。33年にわたり、同社のグローバル事業の発展に寄与。延べ15年の海外勤務を経験。2002年、ITコーディネータの資格を取得。06年、同社シンガポール現地法人の社長を9年間務める。19年、米国に本部を持ち全世界でフランチャイズ展開するActionCOACHビジネスコーチとして活動中。