潜在需要が眠るといわれる中堅・中小企業(SMB)市場。ITベンダーはこのマーケットを開拓するために、専門部隊を設けたり、専用の製品・サービスを用意したり、あの手この手の戦略を練ってきた。だが、攻略に成功したITベンダーは何社あっただろうか……。うまくいった例は、けっして多くはない。SMBが欲しがるITソリューション、真の要望とはいったい何なのか。SMBをITユーザーとして獲得するためのヒントを探った。
IT化遅れの実状はビジネスチャンス99.7%は中小企業 中小企業庁の資料によると、日本の全企業(会社数+個人事業所)数約421万社のうち、「中小企業基本法」で定める中小企業(図1)は全体の99.7%を占める。従業員数300人以下の企業が大半だ(図2)。


ここにもう一つのデータがある。調査会社IDC Japanの資料(2010年1月発表の予測データ)をもとに、従業員別のIT投資額を俯瞰してみよう。従業員1~99人の企業の投資額は全体の11.9%(1兆1578億円)を占め、100~499人では15.6%(1兆5128億円)、500~999人では8.4%(8174億円)、1000人以上では64.0%(6兆2175億円)となっている。
この二つのデータを読み解けば、全企業数の1%にも満たない従業員500人以上のユーザー企業(大企業)が、IT産業の72.4%を支えていることになる。そして、約99%の従業員500人未満のユーザー企業(中堅・中小企業=SMB)が、残りの約30%ほどを占める構図であることが分かる。
日本のIT業界では今、SMBブームが起きている。理由は明確で、市場をリードしてきた大企業向けビジネスに飽和感が出てきたからだ。多少の浮き沈みはあるものの、大企業のIT投資は、ITバブルの崩壊から復活して以降、総じて堅実に伸びてきた。だが、今回の不況で急激に鈍化している。大企業向けビジネスを展開してきたITベンダーは、回避策としてSMBに進出してきたのだ。マーケットサイズは大企業のほぼ半分でも、潜在需要があるといわれ、これまで未開拓だったSMBに進出する価値は十分にある――。大企業を相手にしてきた大手のITベンダーは、そう考えたわけだ。
NECが東名阪地域の中堅企業向けビジネスを、NECネクサソリューションズに集中させ、富士通が同じように富士通ビジネスシステム(FJB)にリソースを集約した動きも、SMBを戦略的に攻めようとする動きの現れである。
IT化遅れるも、投資意欲は旺盛 大手ITベンダーのこうした動きはあるものの、SMBではいっこうにIT化が進んでいない。とくに中小規模の企業の遅れは深刻だ。経済産業省によれば、ITバブル崩壊から立ち直ってユーザー企業のIT投資が活発になった2004年、企業1社あたりのIT投資額は2000年に比べて7.8%伸びたが、資本金1億円以下の企業だけでみれば、0.7%増とほぼ横ばい。「今もその状況に大きな変化はみられないだろう」と、経済産業省の担当者はみている。
IT機器を購入すれば税額控除が受けられる税制の推進や、SMBが点在する地方のIT化を促すための施策「地域イノベーションパートナーシップ」を手がけるなど、官もあの手この手で、SMBのIT化を図ってはいる。だが、それが大きな成果を生んだとはいえない。
理由はいくつか考えられるが、一つはユーザー企業のITリテラシーの低さがある。従業員数が少なければ少ないほど、ITの活用を重要な経営戦略としてみていない傾向が出ている(図3)。つまり、中小企業はITに魅力を感じていないのだ。また、SMBのIT利用実態に詳しい調査会社ノークリサーチの岩上由高アナリストは、別の理由をこう指摘している。「大企業とSMBのニーズは大きく異なる。大企業向け製品・サービスから基本機能を抜き出して安価に提供したり、中小企業の業務スタイルを理解せずに開発したりするのでは、SMBには受け入れられない」。ITベンダーが提供するSMB向け製品が、そもそもマッチしていないというわけだ。
ITベンダーが躍起になって攻め込んでいるのに、それとは裏腹にユーザー企業はIT化に魅力を感じない――。これがSMBのITマーケットの実態だ。とはいえ、逆の見方をすれば、中小企業に適した製品・サービスと、ユーザーの投資意欲を掻き立てる提案を用意し、「経営に生かすことができる」と思わせれば、一気にこの市場で主導権を握ることが可能な状況にあるともいえる。
図4では、年商別のIT投資DIを示した。2009年11月に比べて2010年2月は、全企業で回復傾向にある。一部のSMBでは、大企業と同じようにIT投資意欲が高まりつつある。とくに年商5億~50億円未満の企業は、回復力が最も強い。潜在需要が眠るのは、やはりSMBなのだ。
では、無数に存在するSMBを顧客として獲得するには、いったいどんな手法が適しているのか――。次ページから成功の果実を手にしたITベンダーと、失敗に終わったプロジェクトを紹介し、ニーズを掴むためのヒントを探る。
[次のページ]