首都圏・東日本のみならず、中部地区でも今夏、電力が逼迫する事態になってきた。電力事情の悪化は長期化、広域化の様相をみせる。こうしたなか、有力ITベンダーは、パンデミック対策や事業継続プラン(BCP)、クラウドなど、これまで蓄積してきたあらゆる知見を応用してユーザー企業の支援に乗り出した。
今夏ピーク時に15%カット
逆境のなかにチャンスあり 首都圏・東日本の企業は、今夏の電力需要ピーク時に消費電力の15%カットを要請されている。その時期を間近に控え、ITベンダーは節電と事業継続プラン(BCP)の提案に全力を挙げている。「危機管理の強化に向けて、ここで大きなムーブメントを起こさなければ、災害に強いシステムづくりは遠のいてしまう」。ある大手SIer幹部は、夏の電力危機を足がかりにユーザー企業の情報システム投資に対する優先度や価値観を変えていくことがビジネス拡大につながると説く。
災害に強いシステムへ  |
野村総合研究所(NRI) 古明地正俊 上級研究員 |
「これからも“停電はあり得る”ということを前提にして対策すべき」。グリーンITなどエネルギー問題に詳しい野村総合研究所(NRI)の古明地正俊・上級研究員は、ユーザー企業に向けて、これまでの考え方や価値観を変えるべきだと提言する。今夏の電力不安が間近に迫るなか、国の「電力需給に関する検討会合」は、事業者・家庭に首都圏・東日本を中心にピーク時15%の節電を求めている。もし節電が実現できなければ、再び計画停電を受け入れざるを得ない。計画停電となれば、停電が起こらないことを前提に構築してきた情報システムには、事業継続の側面で大きな疑問符がつくことになる。
夏直前の今、ITベンダーやユーザー企業は、可能な範囲で対策を打っている。だが、緊急避難的な対処では不十分であり、「持続可能な仕組みづくりが重要」(古明地上級研究員)と指摘する。
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TIS 高村泰生 主査 |
例えば、今年4月に東京・御殿山に約3000ラック規模の大型データセンター(DC)を竣工した大手SIer、ITホールディングスグループのTISは、非常時の対策として「ユーザー企業の事業所にあるサーバーをラックごと持ち込んでもらっても構わない」(TISの高村泰生・IT基盤サービス第1営業部主査)ことにした。本来ならシステム構成を吟味し、仮想化やサーバー統合などで再構成したのちにDCへ実装する方式が一般的だが、緊急時の今は工期短縮をより重視する。
しかし一方で、DCに移転した後は、時間をかけて詳しく情報システムを分析。サーバー統合による電力消費の低減や、クラウド化によって“物理分散・集中管理”の災害に強いアーキテクチャを導入するなど、「抜本的な見直しによるレベルアップを顧客に提案していく」(TISの高村主査)という考えを示している。単にシステムの運用をITベンダーに外注してコストを削減するのではなく、高効率で災害に強いシステムづくりへと転換させるようユーザーを促すことで商機を掴む。
中長期の有望ビジネス ITベンダーは、すでに夏以降の事業継続に向けた取り組みに本腰を入れようとしている。東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故以来続く首都圏・東日本の電力不安は、長期化の様相をみせている。原発事故は電力供給に大きなインパクトを与え、中部電力浜岡原子力発電所の停止というかたちで、影響の範囲は中部地区まで広がる。関西電力も発電量の約半分を原子力に頼っているだけに、人ごとではない。ITベンダーは、今夏の節電対策という一過性の応急処置に終わらせるのではなく、中長期にわたるビジネスに育てようと懸命だ。
事実、電力不安は、日本のエネルギー政策に関わるだけに根が深い。裏を返せば、節電や広い意味での省エネ、事業継続やディザスタリカバリ(DR=災害復旧)のビジネスチャンスが増えることを意味している。ITベンダーは、短期的な節電よりも、中長期的にみて有望な市場となり得る省エネや事業継続、DRにビジネスの焦点を当てようとしている。
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コムチュア 向浩一 会長CEO |
5月中旬、東京ビックサイトで開催されたスマートフォン&モバイルEXPOでのこと。「セミナーがどの時間帯も満員御礼で、立ち見客が通路に溢れるほど。ここまで反応があるとは思わなかった」と、モバイルとクラウドとの連携を得意とするSIerであるコムチュアマーケティングの松田孝裕社長は、興奮気味に話す。iPhoneやiPad、Androidといったスマートデバイスと業務システムをセキュアにつなげる技術を、ベンチャー企業のコネクトワンと協業して開発。これが来場者の強い関心を引いた。
この背景には、スマートデバイスへの高い注目度に加えて、「モバイルとクラウドを組み合わせることで事業継続にも役立つ」(コムチュアの向浩一社長)との期待が高まっていることがある。電力不足が深刻化して大幅な節電が必要になったり、パンデミックが発生した場合には、通勤が困難になる。事業を継続するには、在宅勤務やサテライトオフィスでも仕事ができるよう、普段からモバイル環境を整えておかなければならない。業務システムは、停電の心配のないクラウド対応のDCに預け、ノートPCやスマートデバイスを端末として業務を継続する仕組みの定着に力を入れる。
以下、SIerがどのようなアプローチによって商機を掴もうとしているのかをレポートする。
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