供給側の回復なら早い SIerトップの手応えや自信の背景には何があるのか。一つは、ユーザー企業のIT投資計画に大きな変更がみられないことだ。震災によってサプライチェーンが寸断し、その後の電力供給不足で思うような操業ができなかったり、原発事故による放射性物質の汚染で福島や北関東の農業・食品関連が大きなダメージを受けたものの、IT投資に限れば、上期は多少の影響が出たとしても「総じて下期から回復が顕著になるのではないか」(NTTデータの山下社長)とみる。
富士ソフトの白石晴久社長は、「リーマン・ショックのときは世界規模で需要そのものが落ち込んだが、今回は震災による供給側の一時的なダメージに過ぎない」と、需要の回復基調が変わらない状況であれば、供給側の回復は予想以上に早いと予測している。今年10月にCSKとの合併を予定している住商情報システムの中井戸信英社長は、「震災の影響は軽微」としている。合併を織り込んだ通期業績や経営計画の見通しの発表こそ見送ったものの、中井戸社長は「市場動向を見極めたうえで、秋までには自信をもって(合併後の)経営プランを話したい」と言い切る。
大手ユーザー企業も、こうした認識を共有しているケースが多い。ある大手SIerの幹部は、「ここでIT投資を含む設備投資や消費を停滞させることは、震災復興を諦めるに等しい。ユーザーもよく分かっていて、当社に発注しているプロジェクトを予定通り進めることを確認済みだ」と、毅然とした姿勢で前へ進んでいくことが復興への道だと話す。規模のメリットを生かす
景気回復への兆候は確かにある。今年5月に東京ビックサイトで開催された「Japan IT Week 2011 春」の来場者数は、開催期間中には天気が一時的に崩れたにもかかわらず、前年比1.4%増の12万4056人に達した。クラウドコンピューティングEXPOやスマートフォン&モバイルEXPO、グリーンIT&省エネ ソリューションEXPOなど計11の展示会が一堂に会したもので、来場者が増えた要因としては、クラウドEXPOの出展社数が前年比で倍増したことのほかに、新たにスマートフォンEXPOが加わったことが挙げられる。2000年代のITバブルの崩壊以降、IT系見本市の集客力が下降傾向にあるなか、今回、来場者が増えたのは「景気回復や復興への期待が後押ししている」(クラウドEXPOに出展したSIerの幹部)ともいえるだろう。
とはいえ、国内情報サービス市場は「GDPの伸び以上に伸びることは考えにくい」(NTTデータの山下社長)状況に変わりはない。パイが限られた国内市場では、業界再編が着々と進んでいる。
住商情報システムは、CSKとの合併によって年商3000億円プレーヤーの仲間入りを果たす見込みで、日立製作所も今年10月1日付で日立情報システムズと日立電子サービスを合併させることを決めている。2010年10月には、日立ソフトウェアエンジニアリングと日立システムアンドサービスが合併しており、わずか1年で日立系大手SIer4社体制から2社体制へとシフトする。情報サービス市場そのものが成熟期に入った現在、規模の追求は避けては通れない。規模のメリットを生かし、事業の効率化や海外ビジネスにも力を入れることで、全体として成長を成し遂げていく構えだ。
以下、変化の大きい海外ビジネスと組み込みソフトをレポートする。
海外ビジネスの勢い増す
組み込みソフトも様変わり
海外ビジネスと組み込みソフトの分野は大きく様変わりしている。中国では、沿岸部を中心に人件費がよりいっそう高騰し続けており、もはや従来の“オフショア開発工場”にとどまらず、売り上げを立てるべき市場としての色彩が濃くなっている。組み込みソフトではAndroid OS搭載スマートフォンの開発競争が加熱中で、この波に乗れるかどうかが今後の成長を大きく左右する。
中国市場の存在感が増す 多くのSIerにとって、海外ビジネスの中心は日本から近い中国とASEANである。中国は日本のオフショア開発先の約8割を占めるだけに、中国沿岸部を中心とした人件費の高騰は国内SIerのオフショア開発戦略そのものの見直しを迫るものとなる。中国国内の情報サービス業はここ数年、およそ年25%増と驚異的に売り上げを伸ばしており、地場SIerは海外からの受注よりも中国国内のIT需要に関心を向けている。中国市場に詳しいSIerの幹部は、「日本からのオフショア開発先で有力な会社だけでも数年前まで200社あまりあったが、今は半減に近い」と、中国のオフショア開発先の淘汰が急ピッチで進んでいると話す。
例えば、日本のトップグループSIerの一社である野村総合研究所(NRI)は、本来ならば中国オフショア開発を増やす計画だったが、2008年3月期をピークに、中国オフショア開発の発注額を年々減少させている。リーマン・ショックで自らの業績が伸び悩み、内製化を進めざるを得なかった事情があったことは否めないが、この間にも高度経済成長を続ける中国は、開発委託先というより、むしろマーケットとしての魅力が増してきた。NRIの2011年3月期のコンサルティング事業の売上高が前年度比7.9%増のと大きく伸びた要因の一つに、中国での大型プロジェクトの受注が貢献している。
JBCCホールディングス(JBグループ)は、中国での四つ目の営業拠点を今年5月から本格的に立ち上げた。かねてからオフショア開発先として太いパイプをもつ大連にデータセンター(DC)を置き、上海や広州、北京の拠点を通じてアウトソーシングや遠隔保守サービスを提供。さらに各地の地場有力SIerと協力関係を築き、「SIやソフト開発などマンパワーを必要とするビジネスもこなす」(北京オフィスを統括するJBグループの森浩二董事)スタイルを確立させる。ASEAN地区での売り上げも含め、海外売上高比率を向こう5年で10%へと高める計画だ。
日中双方に開発拠点を置くSJIは、日本からのオフショア開発ビジネスに可能性を感じつつも、その一方で「中国の成長を取り込むことで、当社の成長につなげたい」(SJIの李堅社長)と、中国地場での事業拡大に意欲を示す。
Androidで潤う組み込み 組み込みソフト分野でも大きな変化が起こっている。組み込みソフト開発の大口需要先である携帯電話メーカーが、Android OS搭載のスマートフォンへ急速に移行していることの影響が大きい。調査会社のMM総研は、携帯電話出荷台数に占めるスマートフォンの比率が2012年に50%を超えると予測。スマートフォンの出荷台数そのものも堅調に増える見込みだ。リーマン・ショック以降の製造業不振で低調だった組み込みソフト市場だが、国内メーカーのAndroid第1号機の開発ラッシュによって、にわかに潤った。
組み込みソフトを得意とするシステナは、国内通信キャリアと端末メーカーの微妙な思惑の違いに注目する。通信キャリアは、例えばiモードやワンセグ、おサイフケータイなど、いわゆるガラケー的な国内仕様のAndroid機への実装をメーカーに求めて、独自性を出そうとする。しかし一方で、端末メーカーは世界で通用にくい機能の追加には一様に消極的。自ら世界市場に打って出ようというとき、日本でしか使えない機能がいろいろ付いていては世界標準にそぐわないばかりか、コスト面でもデメリットになりかねないからだ。システナは、端末メーカーが敬遠する日本的な部分の開発を一手に引き受けることが「ビジネスチャンスになる」(システナの逸見愛親社長)と感じている。
組み込みソフトビジネスそのもののグローバル化も進む。組み込みソフト大手の富士ソフトは、独自に開発したヒューマノイドロボット制御ソフトやデジタルテレビ、モバイル向け組み込みソフトをパッケージ化し、世界のメーカーへの売り込みを本格化させている。受託開発型の組み込みソフトでは、国外での受注は難しいが、「パッケージ化することで、可能性が一気に広がる」(富士ソフトの白石社長)と期待を込める。同社は中期経営計画で、2016年3月期の連結売上高を昨年度より約450億円多い1800億円としたうえで、そのうちの海外売上高比率を10%に伸ばすことを目指す。
回復への期待、高まる
投資促進は復興への近道
情報サービス業の回復は、景気全体の回復から半年ほど遅れるといわれる。下表は、週刊BCN編集部が主要SIer上位50社の業績をまとめたものだ。2011年3月期は、依然として伸び悩んでいるSIerが多いことが分かる。今年度(2012年3月期)は、地震、原発事故、電力不足のトリプルパンチを受けているにもかかわらず、増収増益の見通しを示すSIerが目立つ。
大手SIer幹部は、「ユーザー企業のIT投資プロジェクトに大きな変更がない」ことを根拠として挙げ、別の大手SIer幹部は「第1四半期の受注、受注残は、例年通りか若干上回る勢いで推移している」として、震災の影響は限定的とみる。
今、日本の復興に必要なのは経済成長であり、IT投資もGDPの伸びとほぼ比例する。大手ユーザー企業はこのことをよく知っており、たとえ先行きがみえにくくても、投資を実行する構えだ。もし、ここで投資を逡巡すれば、情報サービス業の回復特性から、今年度下期以降はより一段と受注が難しくなりかねない。だが、実際はむしろ上期はサプライチェーンなどの復旧を優先するためプロジェクトが遅れる傾向が強く、「下期から回復に向かう」(前出の大手SIer幹部)との期待が大きい。不透明感は残るものの、ユーザー企業とともに勇気をもって前へ進むことが復興への近道となる。