“これからの10年”を見据えて
多様な協業や取り組みで成長目指す
中国の情報サービス市場の伸びは、米国やEU、インドに比べて突出している。日系SIerは、中国有力SIerが提供する事業プラットフォームを活用したり、超上流コンサルティングや、今後より一層の成長が見込まれるサービス業に焦点を当てるなど、さまざまな取り組みに挑んでいる。“失われた10年”ではなく、“これからの10年”を見据えた積極的な行動を起こしているのだ。
丸々日本1個分が目の前に 中国の情報サービス市場は、控えめにみても、向こう10~20年の間には日本の10倍に達するとみられる。仮に日系ITベンダーのシェア合計が10%を占めることができれば、丸々日本1個分の市場が手に入る計算だ。日本のSIerからみれば、喉から手が出るほど欲しい市場であるに違いない。こうした日本の情報サービスの置かれた状況を鋭く察知し、新たなビジネスを起こしているベンダーがある。それが東忠グループだ。同社は、日系SIerにビジネス基盤を提供し、ともに成長していくという独自のビジネスモデルを構築している。
東忠グループは、上海から新幹線で1時間弱の杭州市内にある広大な敷地のハイテクパークに、開発や運用を担う東忠テクノロジーパークを開設。すぐ近くにはソフトバンクグループと提携関係にあるオンライン取引サービス運営大手のアリババグループの拠点がある。周囲の開発区には、近代的なオフィスビルに大小さまざまなソフト開発やネットサービス会社が軒を連ね、首にIDカードをぶらさげた若い技術者たちが闊歩する。東忠グループは、ここにNTTデータや富士ソフトグループのヴィンキュラムジャパン、シーイーシー、NECシステムテクノロジーなど日本の有力SIerを招き入れ、中国地場に向けたビジネス展開を全面的に支援している。
誘致は主に合弁会社をつくる方式で、NTTデータとの合弁では15%、シーイーシーとの合弁では20%を東忠グループが出資するなど、ほとんどは少数比率にとどめている。“全面的に協力はするが、ビジネスの成否は各事業会社の努力とアイデアによる”といわんばかりだ。各社の経営にはアドバイスはするものの、主導権は握らないというスタンスである。
プラットフォーム戦略が始動  |
東忠グループ 丁偉儒董事長 |
この手法を東忠グループでは「プラットフォーム戦略」と呼ぶ。例えば、NTTデータは、杭州の東忠テクノロジーパークの拠点で約30人が勤務しているが、開発人員全体では200人規模を確保している。東忠グループや保険会社向けパッケージ開発のイーバオテック(易保網絡技術)などからの支援を得たものだ。
東忠グループは、“東忠プラットフォーム”上に事業会社を複数抱えることで、各事業会社の開発の繁閑に合わせて、容易に自社のSEを異動させることができる。
東忠テクノロジーパークの事業会社のうち、NTTデータは金融・保険を、ヴィンキュラムジャパンは流通・小売りを、シーイーシーは組み込みソフトなどの第三者検証サービスをそれぞれ得意とするなど、事業会社同士ができるだけ競合しないような配慮もなされている。
日系SIerにとって最大のコストは、開発や運用に当たるSEなどの人件費である。新卒でSEや営業を採用し、教育して、売り上げを立てるまでの間、資金的にもちこたえなければならない。東忠グループは、少なくとも開発や運用に必要な場所と通信ネットワークなどのインフラ、さらに必要な量だけSEを供給することで日系SIerを支援する。
IT系の人材不足が深刻化する中国では、開発・運用人員を確保するだけでも容易ではない。さらに供給が逼迫する電力や、日本など海外と快適に通信できるネットワーク帯域の確保、地元自治体との調整といった、日系SIerにはハードルが高いインフラ系の交渉ごとも東忠グループが担う。また、今後は山東省済南、南部の広東省周辺、成都や西安、昆明などの内陸部へのテクノロジーパークの開設を構想中で、事業会社とともに中国各地へ進出していく準備を進める。
東忠グループの丁偉儒董事長は、「中国は成長スピードが速く、自転車のように常に前へ進まないと転んでしまう。自転車に荷台を取り付け、日系SIerに相乗りしてもらい、中国内のどこにでも行けるようにする」と、たとえ話を披露してくれた。丁董事長は「自転車」などと控えめに表現しているが、実際には豪華クルーザーか大型バスといったところか。「あと10年もすれば、中国市場10%のシェアで日本1個分の情報サービス市場が手に入る。当社と組んでまとまったシェアを獲りに行こう」と、丁董事長は複数の日系SIerに呼びかける。
比重大きい公共セクター  |
NRI上海 葉華副董事長 |
中国ビジネス拡大に向けた狙い目はいくつかある。中国でなんといっても大きいのが国家級プロジェクトである。日本でいえば「所得倍増計画」や「日本列島改造論」などが喧伝された高度経済成長期を迎えている今の中国は、国主導の投資プロジェクトの比重が大きい。残念ながらこうした国家インフラ絡みのIT投資での日系SIerの存在感は薄い。しかし、コンサルティングや政策提言では、日系SIerでほぼ唯一、野村総合研究所(NRI)が食い込んでいる。
コンサルティング事業を担当するNRI中国法人の本社を置く上海では、例えば上海虹橋国際空港と新幹線、地下鉄の駅を一体的に建設するプロジェクトや、開発が急ピッチで進む新興開発区の浦東地区の拡張、上海随一の観光エリアとして知られる黄浦江西岸の外灘(バンド)の再開発など、数多くの巨大プロジェクトが進行中だ。具体的にどのプロジェクトにどの程度関わっているかは守秘義務の関係から明らかにされていないが、マッキンゼーやボストン・コンサルティング、アクセンチュアなど外資勢との競争入札で「中国で互角に競争できる日本で唯一の存在」(NRI上海の葉華副董事長)と胸を張る。
こうした中国での案件受注によって、NRIの連結業績でコンサルティング事業の売り上げを押し上げるほどのボリュームにまで拡大。業容拡大に向けて中国での直近のコンサル関連人員約70人体制を、向こう5年程度で倍増させることを視野に入れる。
ただし、公共セクターの案件は、コンサルとSIを担う会社を分けて発注する傾向が強く、NRIの強みであるコンサルとSI、運用の“コンビネーション受注”に繋ぎ切れていない課題も残る。コンボ受注に向けて「戦略的に事業ポートフォリオを組み立てていく」(葉副董事長)と、民需部門の受注拡大などポートフォリオの拡大を進める方針を示す。
ギブ・アンド・テイクが基本 もう一つ注目されているのが、社会保障や流通サービス分野である。新幹線や都市開発、高速道路、港湾などのインフラ整備と並行して、今後は保険などの高度な金融商品や、全国規模の流通サービス市場が急速に拡大していくとみられている。NTTデータによれば、中国の生命・損害保険会社は、ここ数年で毎年およそ10社のペースで増えており、生損保ビジネスに参入するために申請準備に取り組んでいる事業者は40~50社はあるという。NTTデータは、ここを東忠グループや保険業向けパッケージソフト開発のイーバオテックと組んで受注につなげる考えだ。
杭州NTTデータ軟件の長井隆史総経理は、「NTTデータグループは、欧米を中心に販売網を急ピッチで拡大している。イーバオは世界進出を進めている中国有力パッケージベンダーであり、例えば当社グループとのグローバルでの協業体制を築くなかで、中国においてもより密接な関係をもつことが可能になる」と、イーバオのグローバル進出を支えることで中国市場でのより一層の協力を取り付ける“ギブ・アンド・テイク”の仕組みづくりが欠かせないと話す。
KCCS中国法人の呉國濱副総経理は、「欧米列強のITベンダーよりも10年出遅れている状況下で競争に勝つには、向こう10年を見据えた取り組みが求められる」と考えている。今から20年前、中国は“世界の工場”として認知され、10年前には欧米有力ITベンダーは“世界の市場”と位置づけて投資を加速させた。今、日本のITベンダーが中国で有利にビジネスを展開するには、今から10年後、中国がどうなっているのかを見極める必要があるというのだ。KCCS中国法人の柏木剛総経理は、「10年後、中国の有力企業は世界へ進出しているだろう。そのITサポートを請け負うポジションになれれば、ビジネスは大きく広がる」とみる。
グローバル進出では、京セラグループのほうが先を行く。そのITサポートを手がけてきたKCCSグループのノウハウは、これからグローバル展開していく中国企業にも役立つ。NTTデータも同様であるように、中国のユーザー企業やITベンダーよりも一歩先にグローバル進出することは、結果的に中国ビジネスを拡大するための手がかりとなる。
epilogue
日本のITベンダーが中国で出遅れた背景には、オフショア開発の成功体験が足を引っ張った側面が否めない。いまさらいうことでもないが、中国人は商売の才覚に長けている。ある日系SIer幹部は、「ソフト開発の仕事をもっていくと、中国ソフト開発会社の人たちは、上げ膳据え膳で、懇切丁寧に対応してくれる」と話す。これに慣れてしまった日系SIerの中国現地法人の幹部は、「まず頭を下げて注文を取れない」と、中国でビジネスを伸ばすには、むしろオフショア開発の経験がないほうがいいと話す。
裏を返せば、商売にならないケースでは、中国の人たちは非常にドライであるということ。中国人は人と人の関係を尊び、情に厚い人が多いが、ビジネスはまた別の話。情報サービス産業協会(JISA)の西島昭佳・グローバルビジネス部会長は、「真のグローバル化は次世代を担う中堅社員の意識改革から始めよ」と提言する。中国でのオフショア開発の成功体験を知らず、環境適応力が高い若手有望社員を積極的に起用するのも一つの方策かもしれない。(安藤)