昨年から今年にかけて、IT業界で脚光を浴びるようになったキーワード「ビッグデータ」。調査会社のIDCは、新規のデータ総容量は、2011年には1.8ゼッタバイト(1.8兆GB)、2020年には35ゼッタバイトへと急激に膨らむという予測を立てている。このビッグデータを活用するユーザーを支援しようというビジネスが、ITベンダーの間で進んでいる。ベンダー各社に取材し、5年後を予測する。(取材・文/鍋島蓉子)
ITベンダーのビジネスチャンス到来
「ビッグデータ」はいつ登場した? 昨年から今年にかけて「ビッグデータ(Big Data)」という言葉が注目されている。しかし、「ビッグデータ」そのものが一般名詞なので、誰が言い出したのかわからないらしいのだ。
野村総合研究所(NRI)のコンサルティング事業本部 ICT・メディア産業コンサルティング部の鈴木良介主任コンサルタントによると、「1997年頃に米SGIのプレゼン資料には、これからデータが増えていくという意味で『BigData』という単語が確認されているが、意図して使っているとは限らない」とのこと。だが、2008年になって米『ネイチャー』誌がビッグデータに着目し、2010年の米『エコノミスト』誌はデータの重要性を説く「Data,Data Everywhare」の特集を組んだ。
医療分野では「Evidence-Based Medicine(EBM:根拠にもとづく医療)」が流行し、データにもとづいた医療で「10万人の命を救え」というキャンペーンが展開され、また科学分野でも「Data Centric Science(データ中心科学)」という考え方で、皆の力を結集して巨大データをつくって、知見を総がかりで得ていこうという動きが前々からあったとのことだ。
「非構造化データ」の爆発的な増大
ビッグデータ活用の土壌が生まれる
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野村総合研究所(NRI) 鈴木良介 主任コンサルタント |
いま、幾何級数的なデータ増大現象が起きている。IDCの調査によると、2011年に生成されたデータ総量は1.8ゼッタバイトになる。これは32GBのiPadを並べて万里の長城を構築でき、さらに高さは現在の倍になるというほどの規模だ。データは2年で倍に膨らみ、2020年には35ゼッタバイトに達すると見込まれている。急激にデータ量が増加するのは、データベースで管理する顧客データのような構造化データに加えて、画像、動画、文書などを電子化した非構造化データが爆発的に増えるためだ。さらに、FacebookやTwitter、ブログなどの生活に密接したログ、GPSやセンサーデータなど、自動的に高頻度で上がってくるものなどがデータ増大に拍車をかけている。なかでも、非構造化データは総容量の80%を占めるとみられている。こうした高解像度で、センサーデータのように高頻度生成で、多様なフォーマットの「ビッグデータ」を活用して、事業に役立つ知見を得ようという動きが顕著になってきている。
NRIの鈴木主任コンサルタントは、「ビッグデータといえば“ビッグ”なので、何TB以上ですか何PBですかという話になりがちだが、超高速で挙がってくるデータをリアルタイムで分析することがムーブメントだ」と説明する。データマイニング(蓄積した大量のデータを解析して経営やマーケティングに有用な相関関係やパターンを探り出す技術)、BI(Business Intelligence)、センサーネットワークやユビキタスといったように、さまざまな事象からデータを吸い上げて利益をもたらす類似コンセプトは今までにもあった。
ユビキタスが盛り上がった2000年を振り返ってみると、今や人々が普通に利用しているSuicaもiPodもなければ、携帯電話はFOMAの対応機種が出始めたばかりだった。もしユビキタス構想に則って国民一人ひとりにデバイスを配付することになったら、資金がいくらあっても不可能だっただろう。04年、携帯電話にGPSモジュールの搭載が義務化された。Suicaも含めて、国民が自分でお金を払って位置情報を取得するためのデバイスを持ってくれている状況が生まれた。これにより、事業者は自動的に各デバイスから上がってくるデータを事業に活用することができる土壌が生成されて、ここへきて「ビッグデータ」がキーワードになったのではないかと鈴木主任コンサルタントは指摘する。
また、クラウドの普及も要因の一つに挙げる。いま、企業はシステムを所有せずに、利用する方向へシフトしている。安価に利用できるサービスとiDC(インターネットデータセンター)へのシステム集約により、IT市場自体が縮小方向に向かっている。
鈴木主任コンサルタントは、「ITベンダーは、ほかの食いぶちを見つけていく必要がある。IaaSからSaaSへとITビジネスは上位レイヤーへと移行していくなかで、SaaSの上位のビジネスはもはや『データ』しか残っていなかったので、ビッグデータの活用が注目されたではないか」とも説明する。
これまでSIerは、人手や紙で行っていた作業の電子化や自動化を手がけてきた。主要業務については電子化がほぼ完了している状況で、今度はそれに伴って蓄積される電子データをどうするのかというのが、企業がぶち当たっている「壁」なのだ。
競争力を高めるうえで活用は不可欠に
ビッグデータは「金の鉱脈」  |
TIS 田島泰部長 |
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SAPジャパン 馬場渉本部長 |
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日本IBM 俵雄一理事 |
BIシステムの構築を手がけるTISの産業・公共第1事業本部 エンタープライズビジネス第1事業部 エンタープライズビジネス第1営業部の田島泰部長は、「経営のスピードが速くなっている現在、経営の効率化や高度化、競争力を強化していくためには、大量のデータを分析して生かしていくことが必要不可欠となっている」という。企業が統合すれば、内部のデータは一気に増大する。事業多角化によって、生成するデータの種類が多岐にわたり、蓄積されるデータの期間も長くなり、情報の「粒度」も細かく、つまり詳細になっている。「会計や人事といった基幹系システムでも、情報爆発はすでに起きている」(SAPジャパンの馬場渉・リアルタイムコンピューティング推進本部本部長 兼 Co-Innovation Lab Tokyo担当)とみるITベンダーもいる。経済活動そのものが破裂寸前である状態を、エンジニアをつぎ込んでなんとか抑えている状況だという。市場変化に対応するために、この増大する情報を迅速に処理することが求められている。ビッグデータの問題は、インターネット企業や通信、金融だけでなく、どの企業にもいえることなのだ。
企業内に蓄積されるデータを迅速にビジネスに生かすだけにとどまらず、写真、映像、Facebook、Twitter、ブログなど、インターネットテキストをはじめ社外に溢れる大量のデータは「金の鉱脈」であり、顧客と接点をもつための重要な鍵となる。
日本IBMでは、年に一度対面式で「CxO(業務執行責任者)」クラスを対象とした円卓会議を行っている。3~5年後、何にフォーカスするかをたずねたところ、1500人のCEOは外部要因として「市場の変化」を一番気にしていることが判明した。この市場の変化に対して、何をすべきかという問いに対し、88%が「顧客に近づく施策をとる必要がある」と答えたという。「リーマン・ショックを経て好業績を上げている企業でも、顧客接点やマーケットに近づくことを重要課題だと考えている」と日本IBMソフトウェア事業 インフォメーション・マネジメント事業部長の俵雄一理事は語る。
日本IBMでは、ビッグデータを三つの観点から注目している。「Volume(大量)」「variety(多様性)」「Velocity(発生頻度)」だ。従来のようにユーザーが入力して上がってくるデータだけでなく、センサー、カメラ、GPSなどから、プッシュ型でデータが送られてくる時代になった。「大量データをリアルタイムに洞察し、顧客指向、トレンドの変化を捉えて、施策や行動につなげ、そのフィードバックをさらにビッグデータに入れて、洞察、行動、反映のサイクルを回して行くことに、さまざまな企業が取り組んでいる」(俵理事)という。
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