●コンシューマの流通も変わらず 
米レドモンドにあるマイクロソフト本社のラボには、未発表の技術を活用した未来のオフィス、家庭環境がある これは、法人向けだけでなく個人の流通網でも同じことがいえる。コンシューマー&パートナーグループ担当の香山春明・執行役常務は「インターネットの登場でECが浸透している。今後もさらに進むだろう。ただ、私たちは今まで通り店舗が最も重要なユーザーとの接点だと思っている。とくに今のデバイスは『見て・触れて』体感することで価値がわかる部分が多い。ユーザーとのコミュニケーションを密に取っている小売店を重視する姿勢は変わらない」と話す。
米国とカナダ、プエルトリコの3か国で展開している直営店舗「Microsoft Store」は、現在の75店舗から101店舗に増やす計画で、中国への初出店も発表している。だが「日本での計画はない」と香山執行役常務は言い切った。これも既存の販売網に配慮している証だろう。
製品戦略では大きく舵を切るものの、流通網は不変。それが現時点で日本マイクロソフトが伝えるメッセージだ。セールスフォースやグーグル、アップルは直販で伸びているが、あくまでも日本マイクロソフトは間接販売を貫いていこうとしている。
テクノロジーのトップ 加治佐俊一CTOが描く10年後
「ITはヒトの脳を超えている」
加治佐俊一業務執行役員CTO(最高技術責任者)。日本マイクロソフトがもつ唯一の子会社で、研究開発事業のマイクロソフトディベロップメントの社長も務める。マイクロソフト日本法人が設立された3年後の1989年に入社した
四つのキーワードを定めて新たな道を歩んでいるマイクロソフトは、その先にどのような未来図を描いているか。20年以上、日本マイクロソフトの技術を見続けてきたCTOで、研究開発(R&D)子会社の社長を務める加治佐俊一氏に、現在のトレンドの先にあるトレンドを聞いた。10年先には、どのようなIT環境が待っているのか。
●95%はクラウド化している クラウドは、私の想像よりもはるかに速いスピードで普及している。今後もその速度は衰えないはずだ。10年後、情報システムの95%はクラウドになっているだろう。
マイクロソフトは現在、「クラウド」「モバイル」「ソーシャル」「ビッグデータ」を追いかけている。ソーシャルメディアの情報を含めて、大量データをクラウドに保存し、解析・分析してモバイル端末で活用する。形づくられ始めたこのような世界が、あたりまえになっているはずだ。
10年先のキーワードは「インテリジェンス(知能)」だ。人間が命令を出さなくても、コンピュータが自動的に何かを行う、人間に何かを提案する知能を身につけている。これまでのITは、人間が決めた手順に従って動く受け身の存在だったが、今後はそうではない。ヒトに気づきを与える「自動的・自律的・能動的」な存在になる。ヒトの脳を超える働きをすることだってある。例えば、ユーザーのITの操作状況から、行動と思考のパターンを把握し、そのユーザーにどんな情報を提供したら役に立つかを自動的に見つけ出す。ビッグデータがそれを可能にするだろう。だから、ビッグデータのテクノロジー研究には、今も今後も力を入れる。
●UIの主流はジェスチャー!? この10年でユーザーインターフェース(UI)も大きく変わる。マイクロソフトにとって、UIは重要な研究テーマだ。今は、キーボードとマウスでの入力、タッチ操作がメイン。いわば、ユーザーはコンピュータに触れることで操作する。今後は音声、顔の表情、ジェスチャーでコンピュータに命令を出すようになるだろう。入力するための機器は必要なく、体だけでコンピュータを操作できる。ゲーム機「Xbox」では、すでにジェスチャーを取り入れたゲームを出していて、Windowsのアプリケーションソフトにジェスチャーや音声での入力を行うことができる開発ツールも用意している。UIは、クラウドの進化スピードと同じ速さ、もしかしたら、それ以上の速度で進化する。
●新分野に参入する可能性も マイクロソフトの長期戦略は、提供する製品を増やすこと。米国の学術機関が調べた資料では、IT産業を8部門に分けており、私はこのカテゴリを研究・開発テーマを決めるうえでの参考にしている。それは、(1)ブロードバンド&モバイル(2)マイクロプロセッサ(3)パーソナルコンピューティング(4)インターネット&ウェブ(5)クラウド(6)エンタープライズシステム(7)エンターテインメント&デザイン(8)ロボットの8ジャンルだ。マイクロソフトは、これらのカテゴリのなかで、他社に比べてカバーしている範囲が広い。だが、まだ取り組んでいない領域がある。IT産業は停滞し、これまでと同じ価値を提供するだけでは成長することはできない。既存の商品力を新技術を活用して上げることはもちろん大事だが、新たな領域にチャレンジすることが必要になってくるだろう。(談)

米レドモンドにあるマイクロソフト本社のラボには、未発表の技術を活用した未来のオフィス、家庭環境がある 【加治佐CTOが予測する10年後の「あたりまえ」】・クラウドの普及速度は予想より速い。システムの95%はクラウド化している・主流のUIは声とジェスチャー。入力機器は不要で、体が入力デバイスになる・キーワードは「インテリジェンス(知能)」。コンピュータは能動的に動く
記者の眼
マイクロソフトの成長にとって最も欠かせないものは、スマートフォンの復活だろう。「Windows Phone」が「iOS」と「Android」搭載端末にやられっぱなしの状況を変えなければならない。「パートナーに対抗策を伝えたい。目処が立っていれば話すことはできる。だが、今は残念ながらその時期ではない。米本社が解決しなければならないこと、日本法人としてやらなければならないことの両方が課題として残っている」。日本マイクロソフトの香山春明執行役常務はこう打ち明けてくれた。米調査会社のガートナーは2011年、「『Windows Phone』が2015年にiOSを抜いて『Android』に次ぐ2番目のマーケットシェアを取る」と予測した。まだその時になっていないが、今の状況を考えれば、それは難しいといってもいい。
ノキアの携帯電話事業部門を買収しても「Windows Phone」自体の魅力が高まらなければ意味がない。日本では「Windows Phone」を扱うメーカーが1社しかいないので、そもそもこの問題を解決しなければ普及は難しい。「Surface」という手を打ち、タブレット端末では復活の兆しをみせるなか、スマートフォンは相変わらず苦しい。個人・法人を問わずスマートフォンの立場はもっと強くなる。逆襲に向けた緻密なシナリオを、マイクロソフトは求められている。