業務ソフトウェア、ERP(統合基幹業務システム)など、基幹システムの分野にも、クラウド化の波が押し寄せている。これに伴い、つくり手にも売り手にも、大きな事業構造の転換が求められるようになってきた。ソフトベンダー、販社、それぞれの取り組みを追う。(取材・文/本多和幸)
クラウドネイティブのERPに注目
CRM、SFAなどの情報系システムでは、SaaS形態でのソフトウェア提供も一般的になっている。しかし、よりミッションクリティカル性が高い財務・人事給与、生産管理などの基幹系システムは、ユーザー側にセキュリティや可用性への不安感があったことから、従来、ソフトウェアベンダー側も積極的にクラウド化を進めてこなかった。それでもユーザー側からクラウド対応への要請は徐々に増えてきており、オンプレミスで提供してきたパッケージを、販売パートナーが独自のメニューでAWSなどに載せて提供したり、プライベートクラウド環境を構築して提供したりするといった動きは出てきている。しかし、ここへきて市場のリーダーであるSAPが、日本市場へのクラウドネイティブなERP製品の投入を決断。市場がさらに大きく動く可能性が出てきた。
●まずは海外拠点向けに展開 
SAPジャパン
馬場渉
バイスプレジデント(VP)
クラウドファースト
事業本部長 SAPジャパンは、今年6月、クラウド事業への本格参入を発表し、今後、すべての製品・ソリューションをクラウド対応にして、プラットフォームもPaaS「HANA Cloud Platform」に統一する方針を明らかにした。8月には、そのクラウドアプリケーション群の中心となるクラウドERP「Business ByDesign」の日本版を発表。基幹システムをカバーする具体的なSaaSアプリケーションを市場にお披露目したかたちだ。
「Business ByDesign」の当面のターゲットは、「グローバル企業の海外中小規模拠点」。現在、ERP市場全体が、製造業を中心とする日本企業の海外進出の加速の波を受けて好調だが、海外拠点向けのERPで求められるのは、TCO(総所有コスト)の削減効果と導入・稼働のスピードであることが多い。そのため、例えば本社に導入されている「SAP ERP」のような重厚長大なERPを水平展開するのではなく、もっと手軽に安く使えるERPを導入する「二層ERP」が一般的になってきている。スピーディな実装・稼働とTCOの削減効果は、まさにクラウドの最大のメリットであり、SaaSアプリケーションである「Business ByDesign」は、その恩恵を最も受けやすい形態といえる。SAPはこれまで、この二層目のERPの分野で他ベンダーに後れを取っているので、「Business ByDesign」はこれを挽回する切り札ともいえる。
では、実際にこれを売る立場のパートナーの反応はどうか。SAPジャパンの馬場渉・バイスプレジデント(VP)クラウドファースト事業本部長は、「本格的にクラウドを扱っていこうというパートナーは現時点ではそれほど多くないが、大手パートナーの数社は、戦略的にクラウド分野でアグレッシブな活動をしている」と話し、現時点でパートナーの動きが二極化しつつある状況を示唆した。

ネットスイート
内野彰
マーケティング本部
ディレクター これまでの基幹系システム市場は、ベンダーがライセンスを販売し、パートナーが最初に大規模なSIを手がけることで大きな売り上げを獲得して、後は細く長く保守サービスで収益を上げるというビジネスモデルだった。しかし、SaaSサービスはユーザーがIT資産を所有せず、定額で利用するのが一般的。ライセンサーであるソフトベンダーもパートナーも、本格的なストックビジネスへの転換を余儀なくされる。当然、そこには一時的な売上高の減少といった痛みが伴うだろう。多くのSAPジャパンのパートナーは、そうした痛みに耐えてクラウドビジネスを手がける方向に本当にシフトするのだろうか。馬場VPは、「事業全体をマネジメントする『スイート』こそが、ERPの本来のニーズ。SAPは、モジュールの機能群を網羅していて、非基幹系のアプリケーションも充実している。それらの商材をすべて『HANA』の共通プラットフォーム上に乗せる。ユーザーの細かいニーズに沿って、パートナーがそれらをインテグレーションして、ソリューション提案していくビジネススキームは残るし、これらの工賃などを考えれば、導入時の売上規模も従来とそれほど変わらないはず」と、パートナーにとってのデメリットはそれほどないと説明する。
●SMB開拓に向かうネットスイート 一方、これまでクラウドネイティブなERPベンダーとしては日本市場でほとんど唯一の選択肢といってよかったネットスイートの内野彰・マーケティング本部ディレクターは、「Business ByDesign」の参入について、「競争相手が増えることは市場のカンフル剤になる。ただし、日本企業のビジネスのトランザクションを可視化できるようにきちんとローカライズしてほしい」とコメント。余裕をみせている。
内野ディレクターは、マルチテナント・アーキテクチャのクラウドネイティブなERPが、日本経済が国際的に存在感を発揮していくためのキーソリューションになると主張する。「ベンダーが自社のDC内にシステムを組んで、ASPサービスとしてアプリケーションをサブスクリプションモデルで提供することは確かに可能だ。しかし、複数の海外拠点に同一のシステムを展開する場合、すべての拠点ごとにインフラが必要になり、バージョンアップも手間がかかる。結果的にバージョンロックオンされ、非常にレガシーなシステムになってしまう。日本のユーザー企業のなかにはそれを安全だと錯覚する向きもあったが、インターネット世代の人材も出てきて状況は変わってきている。常に最新バージョンのアプリケーションを使わなければ、国際的なビジネスでは勝てない」(内野ディレクター)。
ユーザー企業のこうした変化に伴い、ネットスイートの業績は急成長しており、今年度は約40%の成長を見込んでいる。これまでの主戦場は、「Business ByDesign」がこれから狙うエンタープライズ領域の海外拠点。この市場では、すでに一定の手応えを得たかたちだ。内野ディレクターは、「次の手として、国内の中堅・中小企業(SMB)の競争力強化を目的とするパートナーエコシステムの構築に、来年以降、本格的に着手する」と話す。具体的には、「国産ベンダーの聖域となっていた日本型の決算書・申告のレポート部分を、パートナーと一緒にカバーする取り組みを向こう3年をめどに展開する。基幹システムの情報を経営の向上に役立てる『未来会計』を提供することで、日本のSMBに競争力をつけてほしい」と話す。
SAPジャパンは、SMB向けの「Business ByDesign」の展開は1~2年後を予定している。販売戦略としては、ネットスイートがまずは一歩先を行っているといえそうだ。
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