会計ソフト分野にクラウドの萌芽
日本企業の海外展開が市場を支えているERPに対して、ドメスティックな事業展開をしている多くの国内中小企業でも、基幹システム、すなわち業務ソフトウェアへの投資は伸びている。直接のきっかけは、「Windows XP」のマイグレーションと来年4月の消費税改正だ。多くの国産ソフトベンダーの主戦場だが、これまでクラウドへの反応は総じて鈍かった。しかし、徐々にその状況は変わりつつある。
●スマートデバイスに着目 
ピー・シー・エー
水谷学 社長 SaaS型業務ソフトのパイオニアであるピー・シー・エー(水谷学社長)は、今年5月で「PCAクラウド」のサービス開始から丸5年を迎えた。初めの3年半ほどはユーザー拡大に苦労したが、料金プランの試行錯誤やSLAの設定、APIの公開といった施策を打ち、加速度的なユーザー数の伸びを実現。水谷社長は「現時点で2400社に達した。1年後には4000社、2~3年後には1万社を達成し、当社の大黒柱の事業にする」と自信をみせる。
最近の施策の特徴は、「PCAクラウド」をスマートデバイス(iPad/iPhone)から利用するための専用アプリ「スマートデバイスオプション」開発に力を入れていることだ。昨年、販売管理モジュールをリリースしたが、今年は会計モジュールの提供も開始して、出納帳の入力や経費精算の処理がモバイル端末からできるようになった。製品の企画・開発の担当者は、「営業マンが外から使うことを想定して機能を盛り込んだ。日報やお小遣い帳のイメージで使うことができる」と話す。

ミロク情報サービス
是枝周樹 社長 こうしたある種の「コンシューマライゼーション」は、中小・零細企業向けの業務ソフト市場で、今後「面」を取っていくためのポイントになり得る。税理士・公認会計士事務所とその顧問先企業向けの業務用アプリを提供するミロク情報サービス(是枝周樹社長)の取り組みは、まさにコンシューマライゼーションを体現している。
同社は、今年9月、マルチデバイス対応のお金管理アプリ「マネートラッカー」シリーズ3種類をいずれも無料アプリとしてリリースした。とくにフラッグシップといえる家計簿・経費精算統合アプリ「マネトラ」は、「家計簿の域を越えており、当社が財務・会計システムベンダーとして培ってきたノウハウを遺憾なく発揮した製品で、ほぼ会計ソフトの機能に近い」と是枝社長が言うように、ミロク情報サービスの戦略製品といえる。
是枝社長は、「家計簿のなかには、会社の経費を立て替えたもののデータなどがある。『マネートラッカー』シリーズの開発でクラウドの基盤をつくったので、『マネトラ』をまずは無料の経費精算モジュールとして世の中に広げたい。こうしたアプリを使う人はどこかの会社の社員であるケースが多いわけで、そこからアップセルでパッケージソフトが売れるようになる『BtoE(employee、従業員)toC』というビジネスのスキームは、ポテンシャルがある。また、『マネートラッカー』の基盤上でやりとりされたデータをビッグデータとして扱い、さまざまな金融商品の広告出稿に結びつけて、エンドユーザーには無償で高機能の会計ソフトを提供し続けるというビジネスモデルも考えられる」と構想を話す。
もちろん、こうしたビジネスを実現するには、入力データがビッグデータとして扱われることをいかにユーザーに納得・受容してもらうかという高いハードルを越えなければならないので、簡単なものではない。しかし、『マネートラッカー』シリーズは、リリースして1か月で10万ダウンロードを達成しており、コンシューマ市場では着実に支持を得ている。滑り出しは順調のようだ。
記者の眼
基幹業務系のシステムでは、「セキュリティや可用性に課題がある」とされ、クラウドの導入が敬遠されてきた傾向がある。しかし、インフラの高度化と、データを手元に置かないことに対するある種の迷信的な不安が払拭されつつあることで、クラウド化の流れは基幹システムの分野でも確実に進んでいる。
昨年、調査会社のアイ・ティ・アール(ITR)は、中堅・大企業を中心に約650社を調査し、現在でも3~4割近くの企業が、基幹系システムを何らかのかたちでクラウド化していると発表した。今後、クラウド導入を検討すると応えた企業の割合は、当然ながら、さらに多かった。ほとんどのソフトベンダーや販社が、「クラウド商材も必ず検討の俎上に乗せるようにと、ユーザー企業に要望されるようになった」という通り、ニーズは確実に高まっている。ベンダー、販社ともに、クラウドへの対応はもはや避けて通れない。生き残りのためのビジネスモデルを早急に構築する必要がある。