あらゆるモノがネットワークにつながることを意味する「IoT(Internet of Things)」。クラウドやモバイル、ソーシャル、ビッグデータというIT分野をけん引してきたトレンドの到達点になるとして、注目度が急上昇している。なかでも、その恩恵や影響を大きく受けるのが、モノづくりニッポンとして日本が誇る製造業だといわれている。それはなぜか。IoTの“つながる”技術の視点から製造業とITの関係に迫る。(取材・文/畔上文昭)
●ITリテラシー問題とIoT 
東レ経営研究所
増田貴司
産業経済調査部長 「昨年から製造業でITを活用する機運が高まっている」。メーカー系シンクタンクである東レ経営研究所チーフ・エコノミストの増田貴司・産業経済調査部長はこう語った。キーワードは「IoT(Internet of Things)」だ。
IoTには、二つの側面がある。その一つは、工場の生産設備でのITの活用(M2M=Machine to Machineと同義)。日本の製造業は、作業の効率化やコスト削減などの“守りのIT”に対しては積極的に取り組んできていて、IoTによってその取り組みはますます高度化しつつある。もう一つは、製品を情報ネットワークにつなぐことで付加価値を高める“攻めのIT”としてのIoTである。
日本企業にありがちなのが、ITリテラシーの問題だ。「実際、製造業の経営トップのITリテラシーはゼロに等しい。20年くらい前から指摘されているが、今も変わっていない」と増田部長。ITに対しては、効率化や業務改善に使う道具と捉えているだけで、新ビジネスの創出や商品価値を高めるとの意識は欧米に比べて極端に低いという。
IT活用で攻めなくても、日本の製造業にはモノづくりを極めた技術力がある。その技術力が販売向上を目指す“攻めのIT投資”への意欲を鈍らせてきた。作業の効率化やコスト削減などの“守りのIT”に対しては常に取り組んできたが、それだけでは欧米や新興国の企業とのグローバル競争に勝てない。その危機感がIT活用の必要性に目を向けさせ、IoTによってその流れが加速しつつある。
●高付加価値としてのIoT ではなぜ、製造業でIoTなのか。あらゆるモノがネットワークにつながることが、製造業にどのような影響を与えるのか。
「ネットワークにつながらないスタンドアローンのモノづくりでは、いくらトップを維持しているとしても、いずれはシェアを失ってしまう。モノがネットワークにつながることで、製品そのものが変わっていくからだ。スマートフォンがその典型だ」と増田部長は指摘する。日本の携帯電話メーカーが、スマートフォンに乗り遅れて大打撃を被ったのは周知の通りだ。情報ネットワークをサービスとして有効活用できるかどうかが、業界勢力図にダイナミックな変化をもたらす。後発の企業が一気に逆転するのも可能な状況になった。
携帯電話業界だけではない。日本のエレクトロニクス業界は、21世紀に入ってグローバル競争力を急速に失っている。どの業界よりも、製品がいち早くインターネットにつながるようになったからだ。技術でトップを走っていても、製品を単体で売るのでは商売に勝てない。製品にITをどのように適用するべきかを考慮することが求められる。「IoT時代には、単体ではモノのよさが評価されない」と、増田部長は断言する。市場は情報ネットワークを活用した高付加価値の製品を求めているからだ。
モノがインターネットにつながることの影響は、当初、デジタル家電に限られると思われていた。「デジタル家電が、他分野と比較して10年先行しているだけ。日本企業は多くの分野で世界シェアを失いつつある。重要なのは、デジタル家電に限らず、各分野でITが絡むようになったということだ」と、増田部長は説明する。
日本経済を支えている二大産業であるエレクトロニクス業界と自動車業界。エレクトロニクス業界と異なり、盤石にみえる自動車業界でも、IT活用の遅れに対する危機感がある。「グーグルが自動車の自動運転に取り組んでいる。グーグルのOSでクルマが動くようになったら、どんな自動車もグーグルの影響下に置かれてしまうかもしれない。自動車メーカーは、単なるサプライヤーになるということだ」(増田部長)。その状況を回避するために、自動車メーカー各社は、IoTを意識した取り組みに力を入れ始めているという。現在勝っている企業が勝ち続けるためには、IoTが重要なキーワードになっているのである。
●欧米が目指す日本のIoT 米国のバラク・オバマ大統領は、製造業を国内に呼び戻すことを国策として推進している。モデル企業に選出された米GEは、IoTへの取り組みを加速している。「製品単品ではコスト勝負になるので、新興国に勝てない。そこでGEは、新たな価値として、情報ネットワークを活用したソリューションとしての製品価値の創出を目指している」(増田部長)。
実は、GEが参考にしているのは建設機械のコマツだという。コマツは、トラクターなどの自社製品を世界に先駆けてネットワークにつなぎ、アフターサービスへの活用などによって成功を収めた。製品単体ではなく、製品ライフサイクルのすべてで面倒をみるようなソリューション会社になったのである。
ほかにIoT先進企業として増田部長が挙げるのが、臨床検査機器大手のシスメックスだ。「シスメックスは、分析装置では世界のトップシェアをもち、増収増益を続けている。同社は分析装置単体ではなく、何年も前から装置に関連する消耗品やサポートでのIT活用で利益を上げているソリューション会社。ビジネスモデルのなかでITを駆使している。これは欧米の企業が目指す模範解答だ」。
コマツやシスメックスの取り組みは、決して新しいものではない。他社も同様の取り組みは可能だったが、前述の通り、経営のITリテラシーが低いことが影響した。また、通信のためのチップや情報ネットワークが高価であることもIT投資の判断を鈍らせた。
現在はチップや情報ネットワークが普及したことによって、IoTの環境を整備しやすくなった。製造業がIoTに注目するのは、そのためだ。ただし、「米国の企業は、ビジネスモデルを創出するのがうまい」と、増田部長は警鐘を鳴らす。日本企業には待ったなしの対応が求められるということだ。
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