日本企業のIT投資は、コスト削減を目的としたものが多く、欧米の企業に比べて、ビジネスを成長させるための「攻めのIT投資」が少ないといわれる。電子情報技術産業協会(JEITA)やIDC Japanの調査によれば、経営者やマーケティングの責任者に、IT投資をビジネス拡大に役立てようとの意識が乏しいからだという。しかし、クラウド、ソーシャル、アナリティクス、モバイルといった新しいITトレンドの浸透が、これらの状況を変えるかもしれない。今夏以降、大手グローバルベンダー各社が相次いで、デジタルマーケティング・ソリューションを日本市場に投入している。果たして国内の市場形成はスムーズにいくのか。ベンダー、売り手とも、新しい動きが顕在化している。(取材・文/本多和幸)
デジタルマーケティングって何? ターゲットは集団から個に

博報堂
山之口援
部長 デジタルマーケティングとは何か。一般的には、顧客の行動データを収集・解析したうえで、顧客ごとにピンポイントで商材やサービスを提案し、かつそのプロセスをできる限り自動化するマーケティングの手法をいう。簡単にいえば、ビッグデータ解析にもとづいて、マーケティングの精緻化・自動化を促進するわけだ。ここでは、そのためのITツール全般をデジタルマーケティング・ソリューションとして取り扱う。
大手広告代理店である博報堂の山之口援・マーケティングプラットフォームソリューション部部長は、従来のマーケティングについて、「イメージで投網をかけていた」と表現する。「例えばビールを売るとして、『30代のアクティブなホワイトカラーの男性』など、あくまでもマス基点でターゲットを規定し、広告を打つメディアを選んだり、メッセージを決めたりしていた」のだという。その際、顧客ターゲットのサンプル調査やPOSの集計データなどは活用していたにせよ、あくまでもマス(=集団)としてのターゲット規定に役立てていたに過ぎない。
しかし、スマートデバイスの普及やソーシャルメディアの出現、オムニチャネル化、IoT(Internet of Things)の浸透などによって、膨大な種類・量のデータが流通するようになって、顧客の行動を従来よりもずっと詳細に、しかもリアルタイムに知ることが可能になった。これらをビッグデータとして利活用するデジタルマーケティングを導入すれば、「集団への提案ではなく、実行動のデータにもとづいたピンポイントの提案を顧客ごとにできるようになる」(山之口部長)わけだ。
市場規模はどうなの? 近く3000億円市場に育つ可能性も
では、デジタルマーケティングの国内市場は、今後どのように推移していくのだろうか。調査会社のアイ・ティ・アール(ITR)は例年、マーケティング向けソフトウェアの市場調査を行っている。同社は、マーケティング向けソフトウェアを、ソーシャルメディア解析やメール活用ツール、DMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)、さらにはこれらの機能を統括した統合型マーケティング支援ツールなどに分類して市場規模の推移を予測している。今年、相次いで大手ベンダーが日本市場への製品投入を発表した統合型マーケティング支援ツールの市場については、2017年度(2018年3月期)時点で65億円、年平均成長率(CAGR)は20.1%になるという。また、日本オラクルは、ITRの調査結果をもとに、統合型ツールだけでなく個別のツールも合わせた2017年度時点のトータルの市場規模について、「約272億円、CAGRは約11%になる」と見込んでいる。
一方で、調査会社のIDC Japanは、9月に「ソーシャルマーケティング関連ソフトウェア市場調査」の結果を発表。同社はデジタルマーケティングを「データ活用型マーケティング」と定義していて、そのなかの一分野として、ソーシャルメディア/テクノロジーを活用したマーケティングツール全般を対象に市場規模を測ったかたちだ。調査結果では、2013年時点で約321億円に達し、2017年には約500億円以上、2018年には600億円近くになると予測している。同社の担当者は、データ活用型マーケティング市場のうち、ソーシャル関連が占める割合は2~3割と見込んでいることから、デジタルマーケティング市場全体では、2018年時点で2000億~3000億円規模に膨れあがることになる。
ITRとIDC Japanの調査結果に乖離があるのは、ITRはベンダーへの調査にもとづく分析であるのに対し、IDC Japanはユーザー企業のマーケティング部門への調査と、同社がもつ国内ソフトウェア市場に関する知見・情報を組み合わせて分析しているからだ。市場の定義や分類の仕方、調査・分析手法の違いを考慮すべきとはいえ、ベンダー側が、デジタルマーケティングに対するユーザー側の投資意欲をかなり小さく見積もっている可能性も否定できない。
どんな導入障壁があるの? 日本のCMOは、まだITに無関心
大手コンサルティングファームのアクセンチュアは、デジタルマーケティングを自社の新たな重点事業分野と位置づけている(詳細は次ページ)。立花良範・デジタルコンサルティング本部マネジング・ディレクターは、「デジタルマーケティングを機能させるためには、ユーザー企業のCMO(最高マーケティング責任者)やマーケ部門の責任者と、CIOの連携が不可欠」と指摘する。これを踏まえて同社は、グローバル企業のCMOとCIOを対象に、デジタルマーケティングに対する意識調査を毎年行っており、今年10月に最新の調査結果を発表した。そこで浮き彫りになったのは、日本のCMOには、ITに対する期待や関心が薄いという実態だ。
具体的にみると、グローバルではCMO、CIOともに過半数が、IT部門とマーケティング部門が戦略的パートナーだと認識しているのに対して、日本企業では、CIOこそ5割以上が同様の認識を示したものの、CMOは2割に満たなかったという。また、実際にデジタルマーケティングを導入した日本企業では、CIOの7割が予算不足を課題に挙げたのに対して、同様の認識を示したCMOはわずか1割だった。
「まずはデジタルマーケティングの目的と狙いを再定義したうえで、現行のマーケ費用を可視化する必要がある。そして、ソリューションを段階的に導入しながらROI(投資収益率)を検証するなどして有効性を証明できれば、CMOを含めた経営層の意識は変わり、マーケ投資の最適化を図ることができる。当然、マーケ部門、IT部門で人材交流を図りつつユーザー企業内の組織、人材を整備することも重要だ」と、立花マネジング・ディレクターは話す。ITベンダーにとっては、IT部門ではなく、マーケ部門の予算を狙うことができるのが、デジタルマーケティング・ソリューションを提案する「旨味」となるものの、その分、従来の商材と同様の売り方が通用しない可能性は高い。
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