どう売る、デジタルマーケティング
統合型のデジタルマーケティング・ソリューションをラインアップするグローバル大手のベンダーが日本市場に製品を投入したことで、市場形成が本格化しそうだ。彼らやそのパートナーは、日本企業にデジタルマーケティングをどう売り込もうとしているのか。
アドビ システムズ グローバルでは売り上げの4割に
●佐分利社長就任で拡販本格化 
佐分利ユージン
社長 アドビ システムズといえば、クリエイター向けのソフトウェアで圧倒的なシェアを誇るという印象が強いが、実はデジタルマーケティング・ソリューションの大手ベンダーでもある。2008年から、デジタルマーケティングを構成する個々の機能を提供するソフトウェアベンダーの買収を重ねてきて、2012年、それらをまとめて、「Adobe Marketing Cloud」というトータルソリューションとして販売を始めた。
今年10月に発表された米フォレスターリサーチのレポートでは、デジタルマーケティング・ソリューションの統合製品ベンダーのリーダー企業であると評価された。実際にグローバルでは、2013年度の売上高40億6000万ドルのうち、デジタルマーケティング関連がすでに4割を占めているという。ただし、日本での市場開拓はこれから。今年7月に、日本マイクロソフトのCMOなどを務めた佐分利ユージン氏が社長に就任し、拡販に本腰を入れ始めた。
マーケッターとしてエンタープライズITの世界で活躍してきた佐分利社長は、デジタルマーケティングの提案先は「IT部門ではなくマーケッター」だと言い切る。「アドビはこれまでの買収も、マーケッターのワークフローに沿って必要な機能を戦略的に揃えてきた。だから、スイート製品としての評価が高い。ただし、製品を提案するだけでは需要を掘り起こせない。マーケティング職のなかでデータアナリストやデータサイエンティストの需要が高まるなど、マーケティング業務のサイエンス化が進んでいる。この流れに対応するための人材育成までを含めて、アドビはコンサルティングサービスを通じてサポートできる」と、強みを強調する。
すでに、約20社の国内パートナー網も整備している。特徴的なのは、SIerは4社のみで、約半数を、広告代理店、アドテクノロジーベンダーなどクリエイティブ系の企業が占めていることだ。佐分利社長は、「ITベンダーにしろクリエイティブ系のパートナーにしろ、従来のビジネスの延長で成功できる領域ではなく、新しいチャレンジが必要になる。両者の協業ももちろんあり得るだろう」と説明する。まずは、このエコシステムを機能させ、早期にデジタルマーケティング関連の売上比率を、国内でもグローバルと同水準に引き上げる考えだ。
アクセンチュア 新しいビジネスの柱に

立花良範
マネジング・ディレクター アクセンチュアは、アドビ システムズとグローバルでアライアンスを結んでいることもあって、デジタルマーケティングの有力商材として「Adobe Marketing Cloud」を担いでいるが、SAP グループのハイブリスの製品などもラインアップしていて、基本的なスタンスはマルチベンダーだ。立花良範・デジタルコンサルティング本部マネジング・ディレクターは、「日本のベンダーでも、先鋭的でいい技術があれば、積極的に採用していきたい」と話す。
デジタルマーケティング・ソリューションは、アクセンチュアにとって、単なる新しいIT商材ではない。サービスビジネスを拡大するための、戦略商材なのだ。「デジタルマーケティング・ソリューションは、コンサルティングやITベンダーとしてのビジネスだけでなく、お客様と一緒にビジネスを展開し売り上げを分割するとか、当社にとっての新しいビジネスをつくるための商材としても期待している」(立花マネジング・ディレクター)という。
とはいえ、提案先がIT部門からマーケ部門に変わり、クリエイティブ系の企業も売り手として参入してくるなかで、どのように競争力を発揮するのか。立花マネジング・ディレクターは、「顧客接点がデジタル化すると、間違いなく、基幹業務、基幹システムをフロントの要件に応じてアップデートしなければならない状況が出てくる。基幹業務、基幹システムを知っていることは、いずれ必ずわれわれのアドバンテージになる」と力を込める。ITベンダーがこの分野で活路を見出すためのヒントも、ここにありそうだ。
日本オラクル B2B企業で案件が活発化
●SIerの業種・業界ノウハウに期待 
東裕紀央
担当シニアマネジャー 2020年までに「ナンバーワンクラウドカンパニー」になるというビジョンを掲げている日本オラクル。デジタルマーケティング・ソリューション群を体系化し、「Oracle Marketing Cloud」として今年8月に発表。SaaSの柱に据えた。
個別のソリューションで現在最も引き合いが多いのが、マーケティング・オートメーション・プラットフォームの「Oracle Eloqua」だ。日本市場投入後の新規ユーザーは、すでに2ケタに達した。東裕紀央・アプリケーション事業統括本部CRM/HCM事業本部CRM営業部担当シニアマネジャーは、「確度の高いリードを生成し、売上向上に確実につながるソリューションとしてグローバルで実績があり、B2B企業を中心に支持を得ている」と話す。
Oracle Marketing Cloudのパートナーは、現時点で約30社。このうち8割は新しいパートナーで、クリエイティブ系の企業が多く名を連ねているのはアドビ システムズと共通する傾向だ。彼らは、従来のパートナーの中心であるSIerとは競合関係になる可能性が高いという。
「最初は異なるバックグラウンドや強みをもつパートナー同士の連携で新しい市場が開拓できると考えたが、結果的にはあまりうまくいかなかった。OracleMarketing Cloudの構築にはコーディングもそれほど必要ないので、IT系のパートナーでなくても対応できてしまう。アライアンスを組んでもSIプロジェクトが存在しないこともあり得る。また、結局SIer各社も、自分たちが知見をもっていない商材を売るのは難しいと判断したようだ。なので、Eloquaを自社導入してノウハウを蓄積してから横展開しようというSIerが増えている」と、東担当シニアマネジャーは説明する。
Oracle Marketing Cloudパートナーの一社である博報堂の山之口援・マーケティングプラットフォームソリューション部部長は、「デジタルマーケティングは、従来われわれの主戦場だったマス広告の予算を圧迫するという意味では脅威だが、新しい効率的なマーケティングの手段が生まれるという意味でチャンスでもある」と話している。生き残りをかけてIT分野に進出してくるこうした強力な競合に対して、SIerは何を武器に戦うべきか。東担当シニアマネジャーは、「業種・業界の知見をもっている人材は、SIerに豊富だと感じる。ユーザー企業が属する業界の動きを踏まえて、カスタマエクスペリエンスをどう考えるかとか、ROIをどう評価するとか、そういう提案がデジタルマーケティングには重要」と話す。絶対的な強みのある業種・業界をもつSIerは、新しいビジネスでも有利だ。
セールスフォース・ドットコム CRMと同じモデルで勝者になる
●マーケの専門家をパートナーに 
加藤希尊
マーケティング
ディレクター デジタルマーケティングが企業と顧客の関係に大きな変革をもたらすことを考えれば、CRMへの影響も免れない。CRMのリーディングカンパニーであるセールスフォース・ドットコムもデジタルマーケティング市場に進出していて、主役の座を虎視眈々と狙っている。今年6月に、デジタルマーケティング・ソリューション「Salesforce ExactTarget Marketing Cloud」日本版を発表し、7月から本格的に販売を開始した。
まずは七つのコンポーネントを揃えたが、ベースとなるのは「データ&分析ソリューション」だ。加藤希尊・ExactTarget Marketing Cloud本部マーケティングディレクターは、「さまざまなデータベース(DB)をインテグレーションして顧客データを一元化し、さらにそのデータをセグメンテーションして、すばやくターゲットを抽出できるのがキモ。本当の意味で顧客と一対一でつながるデジタルマーケティングを実現できる。当社CRMとの連携も完了していて、これも大きな強み」と、製品力に自信をみせる。
国内への市場投入から間もないが、ユーザーの反応は良好。とくに、小売り、旅行、金融サービスなど、B2C企業からの引き合いや受注が多いという。これには、ExactTarget Marketing Cloudの国内リリース時に、B2Cのマーケティングと親和性の高い無料通話・メールアプリ「LINE」との提携を発表したことも影響しているようだ。「LINEのアカウントへは、従来、一斉配信しかできなかったが、ExactTarget Marketing Cloudと連携することで、ユーザー企業の顧客DBとLINEのIDを個人情報が明らかにならないかたちで紐づけ、ワン・トゥ・ワンのメッセージを送信できるようになる。ユーザー企業は一度に数千単位のリードを獲得できるため、反響が大きい」(加藤マーケティングディレクター)。
現状は直販が中心だが、エコシステムの構築にもすでに着手していて、6社とパートナー契約を結んでいる。その顔ぶれをみると、電通イーマーケティングワン(アドビ システムズ、日本オラクルのパートナーでもある)をはじめ、マーケティング畑の企業が多く、典型的なSI企業は見当たらない。加藤マーケティングディレクターは、「きめ細かいコンサルや導入支援が提供できるパートナーを求めている」と説明する。
ExactTarget Marketing Cloudの提案先も、他のデジタルマーケティング・ソリューションと同様、IT部門ではなくマーケ部門だが、こうしたエコシステムが功を奏してか、市場づくりに苦労しそうだという感覚はないという。11月6日には、クリエイティブ系メディアの宣伝会議と共同で、マーケティングの研究組織「JAPAN CMO CLUB」を立ち上げ、CMOとのコミュニケーションチャネルづくりにも余念がない。加藤マーケティングディレクターは、「CRMでも時間をかけて新しいコンセプトを市場に浸透させ、最終的には圧倒的なナンバーワンベンダーの座を勝ち取った。デジタルマーケティングでも同じモデルで勝者になる」と意気込む。
記者の眼
今回紹介したベンダー以外にも、デジタルマーケティング・ソリューション大手の動きは活発化している。日本マイクロソフトは、9月、Dynamicsブランドでデジタルマーケティング・ソリューションをひっそりと発売している。現行製品のバージョンアップ後に国内販売を本格化する意向で、時期としては12月頃になりそうだ。また、米IBMも米ツイッターとの提携を発表したばかりで、セールスフォースとLINEの提携を超えるインパクトのあるサービスを、日本市場に投入する可能性もある。さらに、こうしたメジャープレーヤーたちはそれぞれ実績のあるCRMツールをもっているケースが多く、「マーケティングツールと営業ツールの連携」も、セールスフォースの専売特許ではない。競争の激化は必至だ。
一方で、黎明期の市場とはいえ、売り手としてのSIerの存在感は非常に小さいといわざるを得ない。ITの導入が、ユーザー部門の業務の棚卸を促すのは、マーケティングでも同じ。マーケティング業務に精通したクリエイティブ系のパートナーが存在感を強めているのは、自然なことといえよう。しかし、「デジタルマーケティングの浸透につれて、基幹系システムとの連携も必要になる」というアクセンチュア・立花氏の指摘や、「業種・業界の知見をもつ人材はSIerに豊富だ」という日本オラクル・東氏の声は微かな光明だ。SIerにとっては、まずは売りやすい商材を見極め、自らユーザーとなって売り方を考え、中長期的に既存のITビジネスとの接続を図るのが得策ではないか。ガートナーは、2017年にマーケ部門のIT予算がIT部門の予算を超えると予測している。この新しい「財布」を見逃す手はない。