主要SIerの上期決算は、増収増益基調の好決算が続く。デジタルトランスフォーメーション(DX)推進の追い風もあり、良好な受注環境が続いていることが背景にある。足下のIT投資もDXのタイムリミットとされる「2025年の崖」を意識したものが多いとされており、SIerも従来のシステム構築の延長線上ではなく、ユーザー企業の業務プロセスやビジネスモデルの変革を意識した新商材の開発が活発化。DX市場の本格的な拡大に向けて、先行投資を積極的に行う傾向がより強まっている。(取材・文/安藤 章司)
SEの稼働率高く、人手不足が続く
経済産業省「特定サービス産業動態統計」の情報サービス産業の売上高を情報サービス産業協会(JISA)がまとめたところによると、2018年10月以降、一貫して前年同期比でプラスで推移。情報サービス市場における受注環境は良好で、SEの稼働率も高水準を保っていることがうかがえる。JISAの向こう3カ月の雇用判断DI値では、人手の不足感はピークを越えたとはいえ、不足感が高い水準を保っている。
主要SIerは、SEの稼働率が高く、中小の協力会社のSE不足が続く中で、DX需要に向けた新商材の開発や、DX関連ビジネスの提案活動に少なくないリソースを割り振る状態が続いている。財務的には売り上げや利益が伸びた分だけ先行投資を行いやすい環境ではあるものの、人的リソースの確保まで含めると、おいそれと新領域へビジネスの軸足を移せない側面も見えてくる。
こうした中で、現業である既存SIのなかからDXビジネスに役立つ商材を抽出。DX関連ビジネス向けのサービス体系を整備したり、M&Aによって新しいリソースを確保する動きも出ている。主要SIerの上半期(4-9月期)の業績を踏まえながら、今後のビジネスにどう取り組もうとしているのかをレポートする。
年間20兆円の「お得感」を創出
DXは業務プロセスの変革、デジタルビジネスの立ち上げなどと解釈されることが多いが、野村総合研究所ではこれらに加えて「消費者余剰≒お得感」に着目している。例えばLINE、フェイスブック、ツイッター、インスタグラムユーザーの「お得感」を数字に表すと年間20兆円になると試算する。実質無料で使えるこれらソーシャルメディアに「いくらまでなら支払えますか」「いくらもらえるなら1カ月使うのをやめられますか」などとユーザーに質問してきた金額を集計したものだ。
此本臣吾会長兼社長
お得感そのものは既存の商品やサービスでも存在するが、デジタルを使えば従来と比較にならないほど「お得感を増やしやすい特性がある」と此本会長兼社長は指摘。従来の生産額からコストを差し引いた「生産者余剰」に加えて、デジタルによる「消費者余剰」を最大化するのもDXの重要な役割だという。結果として生産者余剰の伸びしろが増え、ユーザー企業の売り上げや利益を増やすのに役立つと考える。
NTTデータ
懸案の北米市場での受注が伸びる
NTTデータの上半期(4-9月期)業績は、売上高、営業利益がともに増収増益と好調に推移した。懸案だった北米市場での受注高も前年同期に比べて856億円増えており、順調に進んでいることを印象づけた。
上期の売上高ベースで見ると、北米は前年同期比で4億円減少しており、新規受注分の売上計上は下期以降になる見込みる。売上増の主役になったのは国内の金融分野(法人・ソリューションセグメント)で、急速に進むキャッシュレス関連のビジネスなどが追い風になった。EMEA(欧州・中東・アフリカ地域)の売り上げは前年同期比で109億円のプラスなっているが、営業利益ベースでは同地域の構造改革費用などがかさみ16億円の押し下げ要因になっている。
北米では、米国の国際開発庁から向こう5年で総額2億1800万ドル(約239億円)の大型ITアウトソーシング案件の受注や、米大手化学メーカーのプラント管理業務の効率化を実現するITアウトソーシング案件も5年間の契約期間で総額1億5000万ドル(約165億円)の受注。新規で大型案件を獲得している。
DSO通じて強い商材を世界展開へ
NTTデータでは、今後の成長に向けた戦略の柱として、「世界市場で通用する商材づくり」に一段と力を入れる。世界市場でNTTデータが上位に食い込める業種を中心に成長に向けた投資を加速。調査会社のガートナーの調査レポートをもとにNTTデータが分析したところによれば、世界の金融顧客向けの売り上げランキングでNTTデータは4位を占める。ほかにも保険は8位、製造は9位、通信は11位と続く。
こうした事実をベースに銀行、保険、自動車、通信、健康医療、小売りの六つの業種に焦点を絞り、全社グローバルの事業部門を横串で見るデジタル・ストラテジー・オフィス(DSO)を通じて商材づくりに力を入れていく。
本間 洋社長
NTTデータの本間洋社長は、「なんでもかんでも受注するのではなく、NTTデータの強みをきちんと出していく」と、世界各地の事業部門がバラバラで強みを模索したり、商材を開発するのではなく、DSOを通じて世界展開できる商材に仕上げていく。
一方で、地域ごとの特色や強みも大切にする。例えばDSOの重点業種と位置付ける小売業は、世界規模の売り上げランキングでは44位だが、日本という地域で見ると国内最大のキャッシュレス決済総合プラットフォーム「CAFIS(キャフィス)」があり、国内のキャッシュレス化やポイント還元キャンペーンでCAFISの利用率も右肩上がりだという。これにレジなし店舗の新商材を加えることで小売業向け決済や、デジタルを活用した新しい店づくりのビジネスを伸ばす。
NTTデータでは、今年度(20年3月期)DSO活動をはじめとするグローバルや地域での成長に向けた投資を、前年度比約2倍に相当する200億円規模を投じる予定。世界各地の事業部門のアイデアを横串で取りまとめていくDSO活動の成果としては、21年度(22年3月期)までに数百億円規模の売上増を見込んでいる。成長投資はR&Dとは別枠で設けており、いわゆるDX支援のための商品やサービス開発を加速させることで、強みを生かした成長につなげていく。
野村総合研究所
国内好調、豪州で足踏み
野村総合研究所(NRI)の上半期業績は、売り上げ、利益ともに過去最高を更新。最大事業セグメントの「金融ITソリューション」の売上高が前年同期比で12.3%伸びたことが大きく貢献した。証券業向け共同利用型サービスの総合バックオフィスシステム「STAR」への移行案件、メガ損保・ダイレクト損保向けの案件増、ネット系銀行の基幹システム刷新などが相次いだ。一方、流通業や製造業向けの「産業ITソリューション」事業セグメントの売上高はほぼ前年同期並みで着地している。
「産業ITソリューション」セグメントのうち国内は増収だったが、16年にNRIグループに入ったオーストラリアのASGグループが、前年同期に比べて20億円ほど減収だったことが響いた。オーストラリアのIT市場は堅調に推移しており、官公庁向けの大型ITアウトソーシング案件もあることから、通期での「産業ITソリューション」セグメントでは前期比2.3%増を見込んでいる。ASGグループはオーストラリアの民間企業や官公庁など多くの業種に事業を展開しているが、決算上は「産業ITソリューション」セグメントに区分けしている。
国内事業については、NRIが強みとするコンサルティング、「STAR」に代表される共同利用型サービス、DX絡みの高度SIの三つの柱で「22年度までの中期経営計画の数値の達成は射程内に入る」(此本臣吾会長兼社長)と見ている。
上期のコンサルティング事業の売上高は前年同期比8.0%増と好調で、DX関連の引き合いがしばらく続く見込み。コンサルティングから入ってDXを実行する際のSI案件につながるケースも増えており、これがSIビジネスの追い風になる。例えば、IT基盤の再構築やビジネスモデルのデジタル化といった既存ビジネスのデジタル変革を推進する案件の増加が見込まれるだけでなく、まったく新しいデジタルビジネスをゼロからつくる「ビジネスモデルそのものを変革」する案件も徐々に増え始めている。ユーザー企業と共同してデジタルビジネスの合弁会社を設立するなど、顧客のビジネスにコミットし、リスクと成果をシェアする方式も一段と増えていく見込み。
此本社長は、「SAPをはじめ既存の業務パッケージをただ実装するだけなく、そこに何らかの業務プロセスの変革や、もっと踏み込んでビジネスモデルを変革する要素が加わらなければ十分な収益力は得られない」と、既存SIにDX要素をより多く含ませていくことが必要だと考える。NRIの上期の営業利益率は15.8%と大手SIerの中でも高水準を維持しているが、これを継続していくには、DX要素を盛り込んだ高度SIの一段の拡大が欠かせないと見ている。
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