中小企業向けITソリューション市場で、複合機ベンダーの存在感が増している。全国をカバーする販売網をよりどころにビジネスを伸ばしており、近年では独自商材の拡充も急ピッチで進んでいる。富士フイルムビジネスイノベーション(富士フイルムBI)はデジタルワークスペース基盤「FUJIFILM IWpro」を軸にさまざまな他社SaaSアプリケーション群との連携を推進。リコーは業務アプリ基盤「RICOH Smart Integration」をプラットフォームとして「RICOH kintone plus」などの連携アプリを整備。両ベンダーともに社内外のIT商材を組み合わせた経済圏を構築している。
(取材・文/安藤章司)
IWpro軸に他社アプリと連携強化
富士フイルムBIは、独自のITソリューション商材を開発しつつ、同時に全国に販売網を持つグループ販社の富士フイルムビジネスイノベーションジャパン(富士フイルムBIジャパン)が中心となって中小企業の需要に合致したITサービス体系「Bridge DX Library(DX Library)」を整備している。
ITソリューションを開発するメーカー的な役割を担う富士フイルムBIは、2023年11月に中小企業の業務プロセスを可視化するワークスペース基盤「FUJIFILM IWpro」を投入。同年6月には中小企業向けITサポートサービス「IT Expert Services」を始めている。
IWproは、中小企業が使っている基幹システムやワークフロー、電子署名、オンラインストレージ、複合機などで扱うドキュメントやファイルを処理できるワークスペースを提供するクラウドサービス。すでに主要な業務ソフトやオンラインストレージ、ワークフローなどの15種類のアプリやSaaSと連携。今後もIWpro対応アプリを増やして利便性を高め、27年度までに国内1万社への納入を目指す。
富士フイルムBI 瀧澤 基 部長
富士フイルムBIの瀧澤基・ビジネスソリューション事業本部マーケティング部部長は「手頃で使い勝手のよいSaaSが増えたことで、中小規模の事業所でも平均すると7、8種類のSaaSを使っている」とし、今後もSaaS利用は増えるとみている。
SaaSや業務アプリのデータやドキュメントをIWproのワークスペース上に吸い上げ、会社全体の業務を見やすく整理し、無駄のない業務フローの実現を促すとともに、ドキュメントに強い複合機ベンダーとしての長所を生かすプラットフォームとして機能させる考え。SaaSベンダーから見た際に、IWproに対応することでDX Libraryのメニュー体系に組み込まれ、中小企業ユーザーへの販売につながるメリットを享受できると考えてもらえるようにする方針だ。
バックエンド領域への進出に弾み
DX Libraryは製造や建設、医療、介護福祉、流通卸、公共の重点6業種を中心に179種類のメニューを用意している。富士フイルムBIが開発したIT商材に加え、他社の業務アプリやSaaSを組み合わせてDX Libraryを体系化しており、DX Libraryに商材を供給するベンダーやDX Libraryのソリューション体系を活用してITソリューション事業を伸ばす販売パートナーとともにビジネスを展開している。
また、本年度(25年3月期)から米Microsoft(マイクロソフト)のERP「Dynamics 365」の販売を順次始めることでバックエンド領域への進出に弾みをつける。
Dynamics 365を富士フイルムBI自身の基幹業務システムとして導入したノウハウを応用するとともに、マイクロソフトのクラウドサービス「Azure」の活用も進める。同時に「Amazon Web Services(AWS)」専業のクラウドインテグレーターのサーバーワークスとの合弁会社である富士フイルムクラウドの営業を本年度からスタート。Dynamics 365やAzure、AWSを活用したバックエンド領域のクラウドインテグレーション事業も伸ばすことで、ITソリューション事業の売上高を現状から約1000億円上積みし、27年度に海外を含め4000億円規模に伸ばす方針だ。
直近9カ月で約6万5000本を販売
リコーは、複合機やドキュメントスキャナー、業務アプリの連携基盤となるRICOH Smart Integration(RSI)プラットフォームを軸に、独自のITソリューション体系を構築している。RSIに対応した「RICOH kintone plus(kintone plus)」や、文書管理の「DocuWare」、業務プロセス自動化の「Axon Ivy」を中核に、複合機やPFUのドキュメントスキャナーなどのデバイス群との連携を実現している。
国内販売会社のリコージャパンは、全国の営業担当者やSEが持っているノウハウを全社で共有する活動を17年からスタート。主に営業が聞き込んできた情報を基に「スクラムパッケージ」として体系化し、SEの知見は「スクラムアセット」として集約している。全国348拠点を展開するリコージャパンの強みを生かし、国内の中小企業ユーザーの需要に応えるかたちで事業を推進。社内外の多様な業務アプリやSaaSをスクラムシリーズに取り入れていることが功を奏して販売数を伸ばしている。
23年4~12月の9カ月累計の業績を見ると、スクラムパッケージの売上高は前年同期比25%増の417億円、販売本数は同12%増の約6万5000本、ユーザーの要件に合わせてカスタマイズ対応を行うスクラムアセットは同70%増の517億円と好調に推移。スクラムシリーズは、リコー本体が製品化しているDocuWareやRICOH kintone plusに、他社の業務アプリやSaaSを組み合わせる方式で、中小企業向けのビジネスを手掛けるITベンダーにとって魅力的になっている。
パートナーとともに企画・販売
リコージャパンの染谷芳朗・デジタルサービス企画本部EDW企画センターバックオフィス戦略室室長は「コロナ禍に浸透したオンライン会議や、改正電子帳簿保存法、インボイス制度に対応するといった目的で、スクラムパッケージを採用するユーザー企業が多い」と話す。デジタル活用が進んだことでセキュリティーへの関心が大きくなり、関連のパッケージソフトのニーズも増しているという。
リコージャパン 染谷芳朗 室長
スクラムパッケージは、建設や不動産、製造、介護福祉、医療、運輸、観光、印刷、流通小売の重点9業種に、働き方改革、セキュリティー、バックオフィスの重点3業務に焦点を当てた約150種類を揃えている。売れ筋のSaaSや業務アプリと組み合わせるため「パッケージソフトやSaaSベンダーはスクラムシリーズをともに企画していくパートナー」(染谷室長)と位置づけて協業している。
また、複合機やドキュメントスキャナーと連携する商材は多く、複合機の販売パートナーのビジネスとの親和性は高い。スクラムシリーズを活用したITソリューション事業を伸ばす上で、リコーの複合機を扱う販売パートナーにも大きな役割を担ってもらっている。
中小企業の課題は慢性的な人手不足で、いかに少人数で生産性を高めるかが勝ち残る上で重要な要素となる。近年は深層学習によるAIの進歩が著しく、手書き文字も精度よく読み取れるAI-OCRの実用化が進んでいる。これにkintone plusを組み合わせて紙文書を効率的にデジタル化し、自社の業務に合った案件管理、顧客管理のアプリを構築。これまで営業部と経理部でやりとりしていた紙の見積書や伝票をなくし、「業務のデジタル化による生産性の大幅な向上に取り組むユーザーが増えている」と染谷室長は話す。
キヤノンMJ
中小から大手ユーザー企業までカバー
複合機大手の一角を占めるキヤノンマーケティングジャパン(キヤノンMJ)の中小企業向けITソリューションは、グループ会社のキヤノンシステムアンドサポートの「まかせてIT DXシリーズ」が挙げられる。セキュリティーやデータバックアップなど、主にITインフラの運用支援から始まり、IT活用のコーディネートやITリテラシー向上に役立つ教育支援サービスまで幅広く提供している。
グループ傘下にはSIerのキヤノンITソリューションズを抱えるなど、中小企業から大手企業の基幹系システムまで幅広く手がけているのが特徴だ。昨年度(23年12月期)のキヤノンMJグループ全体のITソリューション事業の売上高は前年度比11.4%増の2689億円で、25年度に3000億円を目指している。