SIerの生成AI活用ビジネスが盛り上がっている。NTTデータグループは顧客接点や業務効率化などでの利用促進のみならず、生成AIを使った新しいビジネスの創出を目指す。野村総合研究所(NRI)グループは、自社でGPUサーバーや生成AIエンジンの基盤を用意してユーザー企業の投資負担の軽減に注力。TISは、外部の生成AIサービスとのデータのやりとりを集中的に管理する独自のプラットフォームを開発し、ユーザー企業のAIガバナンスを強化する提案に力を入れている。技術が著しく進歩する中、常に最新の生成AI技術に切り替えられるよう、各SIerは選択の自由度が高い設計を重視する傾向にある。
(取材・文/安藤章司)
作成:『週刊BCN』編集部
NTTデータグループ
顧客接点の分野で利用広がる
NTTデータグループは、生成AIについて、▽自社での活用▽顧客先業務への応用▽AIガバナンス-の3点を重視している。まずは自社で使ってみることで生成AIへの理解を深めるとともに、システム開発の生産性向上につなげるのが狙いだ。自社で培った知見を生かしながらユーザー企業の業務効率化に応用しつつ、情報漏えいなどが起きないようなAIガバナンスの策定を支援するとの手順を踏む。
自社での活用では、生成AIによってプログラム・コードの自動生成を行っており、本橋賢二・企画部Generative AI推進室室長は「部分的にではあるが、すでに実用化が進んでいる」と話す。コード生成の中で特に実用性が高いとみられているのが、古いコードから新しいコードへ書き換える分野だ。
NTTデータグループ 本橋賢二 室長
例えば古いバージョンのJavaコードや、SAPで使われるABAP(アバップ)などを最新バージョンに書き換えるといった用途を有望視する。逆に生成AIによって新規プログラムを生成する場合は、生成されたコードが設計書通りなのかを確認する作業負荷が比較的大きいことが分かっている。今後の技術革新によって、新たに生成されたコードの正確性が高まれば確認作業の負荷が減る見通しで、本橋室長は「古いコードからのバージョンアップ同様に実用性が高まる」と期待を高める。
ユーザー企業の業務に生成AIを応用するケースでは「業務効率化やコスト削減の分野での利用が増えている」(本橋室長)という。自然言語で滑らかな応答ができる生成AIの特性から、主にコンタクトセンターや受付業務などの顧客接点の分野で活用が進んでいる。
次のステップとして、生成AIを使った新しいビジネスの創出に挑戦することを検討している。ユーザー企業ごとに個別開発する手法もあるが、新規事業が軌道に乗らないリスクが高いため、「NTTデータグループ側で業種共通で使えるSaaSや共同利用型の生成AI活用サービス」の開発を視野に入れる。例えばアパレル業界向けに新作衣装を着たファッションモデルの3DCGを自動生成するサービスをSaaSで提供するといった用途を想定。SaaS化することで、国内のみならず、海外市場へも展開しやすくなるとみている。
NTTデータグループ 柿沼基樹 部長
AIガバナンスでは、各国・地域のAI規制に対応しつつ、「ユーザー企業の重要データを保護する仕組みが求められる」と柿沼基樹・戦略企画部戦略企画担当部長(Generative AI推進室兼務)は指摘。データ保護ではユーザー企業専用のGPUサーバーや独自の大規模言語モデル(LLM)を構築するケースも想定され、NTTグループのLLM「tsuzumi」の活用も踏まえてAIガバナンスの強化を支援していく。
野村総合研究所とNRIデジタル
時代はまさに“LLM戦国時代”
NRIは「ユーザー企業の業務で生成AIを本格的に活用する第2フェーズに入った」(稲葉貴彦・経営役AI担当生産革新センター副センター長兼AIソリューション推進部長)と捉えて生成AIビジネスの拡大に力を入れている。大手クラウドベンダーが提供する汎用的な生成AIを使って議事録を作成したり、日報を要約したりする初歩的な業務効率化を「第1フェーズ」とし、そこからさら一歩踏み出してコンタクトセンターや受付業務といった顧客接点業務の効率化、高度化に生成AIを役立てるフェーズを「第2フェーズ」と位置づけている。
NRIの稲葉貴彦・経営役(右)と
NRIデジタルの中村博之・シニアチーフエキスパート
顧客接点の業務では、個人情報などの機微情報を扱うことが多く、ユーザー企業によってはクラウド上での生成AIの活用を避けたがる傾向があるという。NRIは、ユーザー企業個別のプライベートなLLMの運用可能なサービスを2024年中をめどに始める。NRI側でGPUサーバーを揃え、LLMエンジンは米Meta(メタ)が開発した「Llama 2」などを使い「金融機関などが求める高レベルの情報セキュリティーの要求にも対応可能」(同)としている。
NRIのDX子会社で生成AIビジネスを手がけるNRIデジタルの中村博之・プロデューサーシニアチーフエキスパートDX企画は「近年のLLMの進化は目覚ましく、ユーザー企業が独自にLLMを導入してもすぐに陳腐化してしまう恐れがある」とし、NRIグループ側でGPUサーバーやLLMの投資リスクを負うことでユーザー企業のリスク軽減に努める。
時代はまさに“LLM戦国時代”であり、当面はLlama 2を活用するものの、市場動向やユーザー企業の需要動向を踏まえて最適なLLMを選択できる体制を構築している。汎用的な万能LLMだけでなく、日本語に適したLLMや、特定業務に焦点を当てた小型軽量のLLMなどを含めてマルチLLMへの対応を進める考えで、稲葉経営役は「ユーザー企業の業務的な要求やAIガバナンスの観点から、複数の生成AIエンジンを多層的に積み上げる」と話す。
さらに生成AI活用の「第3フェーズ」として、顧客接点などフロントエンド領域で稼働するAIが受け付けた業務を、基幹業務システム側で稼働するAIに受け渡す「AI同士の連携も進む」(稲葉経営役)とみる。人が操作することを前提に設計されていた基幹業務システムではなく、「AIと人の共同作業を前提とした設計に変わる第3フェーズが、早ければ向こう数年で訪れる」(同)と予測。生成AIが基幹業務の領域まで浸透すれば、ビジネスの規模感が一段と大きくなると見込む。
TIS
“関所”でAIガバナンスを担保
TISの生成AIビジネスは、SaaS方式と個別開発方式の二つを柱に据えている。前者は生成AIエンジンを搭載したチャットボットサービス「Dialog Play」を使って最短1日で導入できるのが特徴で、後者はユーザーの要望に合わせて個別に生成AIエンジンを導入するサービスだ。いずれも大手クラウドベンダーが提供する生成AIエンジンの活用を主軸に、ユーザー企業の社内データベースと連携して業務で必要なやりとりを実現する。
TIS 香川 元 フェロー
香川元・AI&ロボティクスイノベーション部フェローは「生成AIやLLMは日進月歩で進化しており、現時点でユーザー企業がスクラッチで生成AIやLLMを構築するメリットはそれほど大きくない」と指摘。「Amazon Bedrock」や「Azure OpenAI Service」といった大手クラウドベンダーの汎用AIとユーザー企業固有のデータを連携させて実用性を高めるアプローチが有望だとみている。
かぎを握るのはAIガバナンスであり、「社内のデータが万が一にも外部に流失することのない仕組みの導入が重要」と香川フェローは強調する。TISは、外部の生成AIエンジンとのやりとりを集中的に管理できる「生成AIプラットフォーム」を独自に開発し、ユーザー企業があらかじめ定めたガイドラインに則って外部エンジンと情報の受け渡しができているかを管理できるようにした。AIガバナンスを担保するための“関所”の役割を果たし、外部エンジンとの適正なやりとりをユーザー企業が監視できる構造になっている。
TIS 板崎明日香 副部長
生成AIプラットフォームを外部の生成AIとユーザー企業の業務システムの間にかませることで、「将来、より優れたLLMやユーザー企業の業務に適した生成AIエンジンが登場したときに容易に切り替えができるだけでなく、ユーザー側の業務アプリケーションの手直しをせずに済む」(板崎明日香・ビジネスイノベーションM&S部副部長)と、LLMや生成AIエンジンの選択の自由度が高まるメリットを訴求していく。
TISは、より幅広い生成AIエンジンとの連携や、画像生成AIの活用拡大を視野に入れてビジネスを一段と伸ばしていく方針。24年度は、Dialog Playや生成AIプラットフォームなどの生成AI関連サービスで100社のユーザー企業の獲得を目指す。