企業ITにおいて、生成AIの活用が最重要課題となる中、GPUサーバーに大規模言語モデル(LLM)などのソフトウェアを組み込み、導入・活用支援と合わせたパッケージとして提供する「オンプレミス生成AI」のソリューションに商機を見出す企業が現れている。各社はクラウドでの生成AI利用で不安視されるセキュリティーやコストの懸念に対応しながら、業務改善に役立てるツールとして拡販を図る。販売パートナーにとっては、“かたち”のある商材として、売り込みやすい面があり、市場での存在感が高まりつつある。
(取材・文/堀 茜、藤岡 堯)
セキュリティーとコストに強み
一般論として、クラウド上での生成AIの利用において懸念となるポイントに、セキュリティーとコストが挙げられるだろう。機密性の高いデータをクラウドへアップロードすることに不安を抱くユーザー企業は少なくない。また、従量課金のクラウドサービスは利用状況によって料金が大きく変動するため、金額の見通しが立てにくく、想定以上に費用がかかる可能性もある。
これらの課題に対して、一つの解決策となるのがオンプレミス環境での生成AI利用だ。生成AI環境やRAGなどの情報をハードウェア内で保管するため、安全性が担保される。
コストに関しては、オンプレミスは確かにそれなりの初期費用が求められるものの、価格は明確であり、ランニングコストも抑えられる。使い方にもよるが、2~300人ほどの規模であれば、3年ほどでクラウドで利用した場合の費用を下回るという。
オンプレミスのメリットを生かし、各社はいかに顧客のニーズを取り込んでいくのか。今回は大塚商会とDynabookの取り組みを紹介する。
大塚商会
NECの日本語特化LLMを搭載
大塚商会は、「美琴 powered by cotomi」を4月から販売している。NECと共同開発し、NECの日本語に特化したLLM「cotomi」が組み込まれている。社内データをクラウドに上げられないが生成AIを活用したいといったニーズに応えるソリューションだとする。
米NVIDIA(エヌビディア)のGPU「L4」を2基搭載したNECのIAサーバー「Express5800/T110k-M」とソフトウェアをセットで提供する。ユーザー企業が希望した場合には、大塚商会が伴走支援サービスを提供し、最適な運用に向けたアドバイスを実施。生成AI活用に際して、まずはガイドラインをつくりたいと希望する顧客もおり、製品以外の環境整備でもサポートを展開する構えだ。
大塚商会
森田健司 課長
1月に発表し、2月に大塚商会が開催した自社イベントで展示した。営業本部トータルソリューショングループAIビジネス推進課の森田健司・課長は「想像以上に多くの関心を寄せていただいた」と振り返り、すでに引き合いが多くあると明かす。
大塚商会として予想していた顧客は、金融や医療などセキュリティー要件の厳しい業界だったが、実際には業界を問わず幅広く問い合わせが寄せられている。森田課長は「クラウドを使わずに生成AIを活用できるサービスを待っていた顧客は多い」と分析する。大塚商会の社内でも生成AIの利用を進めているが、「絶対に外に出せないデータがあり、それこそが一番活用したいデータ」だったという。「同じような悩みを持っている企業にとって、有効な解決策になる」と意義を語る。
クラウドの生成AIと比較した際のメリットについて、森田課長は、価格面の優位性と反応速度の速さを挙げる。価格面では、クラウドの場合はID数やトークン数で課金され料金が変動するが、オンプレミスは価格が明確で、企業が予算確保しやすくなる。また利用人数が多いほどコストメリットが高くなるという。
反応速度については、ファイルの要約処理をした場合、クラウドサービスに比べて12分の1程度の時間で完了できる。この強みが生きるのは、外部システムとの連携時だという。美琴は、API経由のほか、AIと外部サービスをつなぐための標準規格であるMCP(Model Context Protocol)によって外部との接続が可能となっている。ほかのシステムと連携した際に、反応速度が遅いと活用のボトルネックになる場合があり「処理速度は美琴の強みの一つになる」とアピールする。
販売は、大塚商会が一手に担い、リセラーなどパートナー経由で広く拡販していく。森田課長は「サーバーとソフトをセットで顧客に買っていただき売り上げが立つという、クラウドにはない分かりやすいメリットがある」と説明。リセラー向けのイベントでは、終日、スタッフが説明に追われるなど、高い関心が寄せられている。
パートナーに対しては、顧客内にある営業情報や技術情報を学習データにして生成AIを使うことで、ビジネス成長に直結する点を訴求ポイントとして伝えてほしいとする。販売店の中には、自社内でAI関連のエンジニアを養成する目的で、まずは自社で美琴を導入したいという声もあるという。森田課長は「オンプレミスで使える生成AIをまずは知ってもらい、その価値を実感いただくことに注力していく」と力を込める。
Dynabook
ノーコード開発環境も一体提供
Dynabookは4月、「生成AI導入支援サービス」を開始した。エヌビディアの「RTX 6000 Ada」を積んだワークステーションに、生成AIアプリケーションのノーコード開発環境を構築し、活用のための研修や保守・ヘルプ、コンサルティングといった伴走型支援メニューと合わせて提供している。業務に生成AIを取り入れたいユーザー企業が自身でワークフローを作成し、活用・運用できるよう一貫して支える点がサービスの特徴だ。
Dynabookの小川岳弘・部長(左)と羽禰田卓志郎・部長
ソリューションビジネス統括部の羽禰田卓志郎・ソリューション技術部部長は「生成AIがトレンドになり、『使いたい』という声は出ているが、環境を整備してもなかなか定着しないケースは考えられる。そこでお客様と一緒に活用法を考え、(自走できる体制を)つくり上げていくところに価値がある」とアピールする。
サービスでは、ハードウェアの提供から、環境構築、社内データとの接続、AI導入のための研修、各種保守・運用、個別の受託開発まで細分化されたメニューを用意し、顧客は自身のスキルや希望に応じて、適切な支援内容を選べる。ニューコンセプトコンピューティング統括部の小川岳弘・NCCソリューション戦略部部長は「エンタープライズ層ではない国内の一般的な企業は、生成AIを活用したいという意欲はあるものの、何をどうやっていいかわからないのが実態だろう。この課題に対して、構築から活用までをしっかりと伴走して支援する」と語る。
アプリの開発環境には、米LangGenius(ラングジーニアス)が手掛けるオープンソースのAIアプリ開発基盤「Dify」を採用した。ノーコードでの直感的な操作が可能で、ビジネス側のユーザーでも比較的容易にアプリが開発できる。複数のLLMを統合したり、作成したアプリをAPIとして公開したりといった利便性の高い機能を備えており「スタンダードな基盤になりつつあり、お客様に提案するものとして最適と判断した」(小川部長)。
開発するアプリのユースケースとしては、社内文書の検索や要約、翻訳、規定などに関するQ&A、企画の壁打ちといった業種や業態にとらわれない幅広い用途を想定している。羽禰田部長は「毎日ある10分程度の業務が5分になっただけでも、1カ月、1年でみれば、かなりの工数削減になる。そういった部分で少しずつでも効率化できればいい」と意義を語る。
DynabookはPCを中核としたハードウェアメーカーではあるが、SIを含んだソリューション事業も長年にわたって展開し、顧客を支援し続けている。ここで培った業務改善のノウハウを、AI導入の支援でも生かす考えだ。伴走支援は息の長い案件になるため、Dynabookでは技術者の人員を強化するなど、支援体制の充実にも努めている。
現在は展示会などで訴求を図っているほか、全国に広がる営業ネットワークを通じて認知拡大に取り組んでいる。間接販売については、パートナーが取り扱える体制をすでに構築しており、既存の商流の中でも訴求を進める方針だ。
販売促進に向けて小川部長は「(生成AIの効果を)実感していただくことが一番だ。そのためのユースケースをまだ提示しきれていない。お客様の声を参考にしながら、分かりやすい説明の仕方を考えたい」と話す。