オープンソースソフトウェア大手の米Red Hat(レッドハット)が、国内で順調にビジネスを伸ばしている。企業向けLinuxやコンテナ基盤といったコアビジネスは前年比二桁成長と堅調。加えて、AI領域においては、企業のAI活用基盤としてオープンソースの最新技術を生かしたプラットフォームを展開し、推論を支援する戦略をとる。コアビジネスで独自の地位を築いた経験をAIでも展開しようとするレッドハットは、日本市場にその価値をどうもたらしていくのか。
(取材・文/堀 茜)
大手金融でコンテナ化進む仮想化基盤の選択肢に
レッドハットのコアビジネスは、オープンソースの技術を活用したITインフラ事業だ。2024年のグローバルの業績は、企業向けLinuxの「Red Hat Enterprise Linux(RHEL)」が年間成長率8%、Kubernetesベースのコンテナ管理・アプリ開発プラットフォーム「OpenShift」とITインフラの運用自動化ツール「Ansible」は、前年比二桁成長を実現。売上高は11.4%増だった。
日本ではグローバル以上の高い成長を達成した。日本法人常務執行役員の三木雄平・テクニカルセールス本部長は、日本法人の製品別の売り上げについて、「どの製品も大きく成長する中でRHELが半分程度を占めるが、OpenShiftの伸びが大きい」とする。同社はOpenShiftを現在の中核製品としている。大手金融業などで導入が進んでおり、それ以外の業界でも新しいシステムを開発する際、可搬性がある点を評価し部分的にコンテナソリューションを導入する企業が増加。「どんどん新しい製品をリリースしたいという『攻めのシステム』でコンテナの採用が進んでいる」(三木常務)。
日本法人 三木雄平 常務
同社の事業の中で特に急成長しているのが、コンテナの運用・管理と同じ基盤上に従来の仮想マシン(VM)を移行する機能の「OpenShift Virtualization」だ。グローバルでは前年比2.8倍の伸びで、国内でも同様の傾向となっている。仮想化基盤市場をめぐっては、大きなシェアを持つ「VMware」が米Broadcom(ブロードコム)による買収を機にライセンス体系を変更したため、多くの企業でコストが上昇した。これにより、レッドハットのVirtualizationを検討したいというニーズが高まっているという。
日本企業の傾向として、すぐに代替製品に置き換えるのはリスクが大きいと判断するケースは少なくないが、「多くの引き合いがあり、選択肢の一つとして考えていただいている」段階。数年後を見据えて基盤の変更を検討している顧客が多く、26年後半から27年にかけて、より大きな成長を見込んでいる。
VMwareの代替製品としてのVirtualizationの位置付けについて、三木常務は、レッドハットはKVM (Kernel-based Virtual Machine)ベースのソリューションを07年から手掛けており、仮想化基盤としてはVMwareと同等の性能があるとした一方、課題として「周辺のエコシステムはまだ薄い部分があり、充実させていく必要がある」と説明。ハードウェアベンダーとの協業など、顧客に提案できる機能や選択肢を充実させることで、より多くの要望に応えられる体制の構築を目指していくとした。
拡販にあたっての強みとして、単純な仮想化基盤の置き換えではなく、コンテナ化をセットにして提案できる点を挙げる。その際に重要になるのがパートナーの役割だ。レッドハットはエンタープライズの顧客が必要とするソフトウェアを提供するが、それらをどう選択し、顧客に最適なかたちで提案するかはパートナーにかかっていると強調。Virtualizationは選択肢の一つだとした上で、三木常務は「仮想化基盤から別の仮想化基盤にただ置き換えるのであれば、レッドハットは(パートナーから顧客に)提案されないかもしれない」との見方を示し、「せっかく投資するのであればモダナイズもしたい、という要望があれば、Virtualizationを選んでいただけるだろう」とさらなる成長に自信をみせる。
最新のAI技術を使えるプラットフォームを提供
コアビジネスに加えてレッドハットが25年に最注力するのがAIだ。オープンソースで生まれる最新のAI技術をすぐに使える状態でプラットフォームから提供することで、企業のAI活用の基盤になることを目指している。理念として掲げているのが「Any Model, Any Accelerator, Any Cloud」。AIモデル、GPUなどのアクセラレーター、クラウドのいずれも全方位で、どんな技術でもレッドハットのプラットフォーム上で使えるという考え方だ。日本法人の三浦美穂社長は「アクセレーターもモデルも、新しい技術を一番幅広い選択肢として提供するのが成長戦略になる」と説明する。
同社がエンタープライズにおけるAI活用でフォーカスするのが、推論のフェーズだ。一部の超・大企業を除いて、自前で学習した高性能の大規模言語モデル(LLM)を持つことはコストやリソース的に難しい側面がある一方、直近ではオープンソースのLLMの精度が飛躍的に向上したことを受け、高性能のLLMを効率的に使うことで、ビジネス成果に直結するAI活用が実現する状況になっていると分析。「学習自体は(ユーザー企業の)売り上げを増やすことにはならないが、推論は実業に直結し、リターンが広がる。顧客の投資意欲の観点から言っても、推論はマーケットが大きい」(三浦社長)とみる。
日本法人 三浦美穂 社長
推論での活用を見据えた新製品として同社は5月、「Red Hat AI Inference Server」を発表した。エンタープライズ向けのAI推論プラットフォームで、「RHEL AI」や「OpenShift AI」上で動作し、オンプレミスからクラウドまで柔軟に展開可能。パフォーマンスを損なうことなく50%のコスト削減を実現するとしており、 高速かつコスト効率の高いAIモデルのデプロイメントが可能となる。生成AIモデルの運用にも対応しており、企業のAI活用を加速させると期待されている。
AI基盤の導入先としては、独自データをオンプレミスで保有する必要があるために、ハイブリッドなAI環境を構築したい企業でニーズが高いと想定。三浦社長は「オンプレミスでAI環境を構築しようとする際に、当社の基盤はLLMなどの選択肢の広さが生きてくる」とみる。社内にLinuxやOpenShiftに対応できる技術者がいれば、レッドハットのAI基盤を使ってみようという顧客が増えると展望。「最初からレッドハットでAIをやろうと思っていなくても、自然に使っていただけるような流れになっていく」
三木常務はレッドハットのAI戦略を「Linuxで実現してきたことと同じことをAIでもやろうとしている」と解説する。AI向けのアクセラレーターは現状、米NVIDIA(エヌビディア)が大きなシェアを持っているが、米AMD(アドバンスト・マイクロ・デバイセズ)や米Intel(インテル)といった競合も新製品を投入し、「どの領域でもまだ誰も見たことのない新しいソリューションが出てくることが予想される」(三木常務)。レッドハットはそうしたAI開発にかかわるあらゆるソリューションをサポートし、柔軟に使えるかたちで提供していく構えで、グローバルでAIに関わるあらゆるプレイヤーと提携をしているのが強みとした。親会社の米IBMのAIプラットフォーム「watsonx」にもOpenShift AIは同梱されており、最新技術を早期に取り入れたいという顧客のニーズに応えていく。
パートナーを通じてAI基盤の価値を拡大
国内では日立製作所、NEC、富士通、NTTデータ、伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)、SCSKの6社がレッドハットのプレミアムパートナーで、AI基盤の拡大にあたってもこの6社を軸に展開していく方針だ。OpenShiftを取り扱うパートナーが自社ソリューションの開発にレッドハットの基盤を使い、その先で顧客に向けた開発でも同じ基盤を選択するかたちで広がっていくことを想定する。
すでに国内でもAI基盤活用の事例が生まれている。日立製作所は、オープンソースソフトウェアベースでインタラクティブな開発環境や推論のワークフローに対応できるAI基盤として、OpenShift AIを選択した。複数のチームでGPUを効率的に利用する仕組みを活用。24年末に社内向けAIプラットフォームを構築し、そこで得られた知見を生かし、外販向けの生成AIソリューションを日本で展開している。また、SCSKは、AI活用に必要なデータ統合基盤・AI基盤「NebulaShift ai(ネビュラシフト エーアイ)」の開発にOpenShift AIを活用。「各社、得意なアプローチで当社製品を担いでいただいている」(三木常務)。
パートナー企業内でも、AI技術についての理解度は人による濃淡があるため、より多くのエンジニアの理解を深められるよう、社内向けの研修を無償で提供するなど、イネーブルメントを行っていく。
今後のAI基盤のエコシステムについて、三浦社長は「既存のパートナーだけでなく、ISVを開拓していきたい」とする。AIを組み込んだソリューションを開発するISVがOpenShift AIを採用すれば、そのISVの製品を導入した企業が間接的にレッドハットのAIを使うかたちで活用の裾野を広げられるとの考えで、スタートアップなどとの協業も視野に入れる。Inference Serverのコア技術で、リソースの使用効率を最適化しLLMの推論を高速化するオープンソースライブラリー「vLLM」に関する交流会を6月に同社が開催したところ、スタートアップのエンジニアや大学院生ら約200人が参加し、最新の技術への注目度の高さが伺えたという。同社はコミュニティーの活性化を図りながら、AI基盤の価値を広く届けていく構えだ。