高齢化社会が進行する中、厚生労働省では2025年をめどに、介護が必要となった高齢者を医療・介護事業者、行政らが一体となって支える「地域包括ケアシステム」の構築を進めている。ただ、実現には医療機関や介護事業者、行政など多様なプレイヤーの連携が不可欠だが、業種を越えた情報共有や多職種間の調整は容易ではなく、ITを活用したデータ連携やコミュニケーション支援の重要性が高まっている。地域包括ケアシステムの実現を支援するITベンダーの動向を追った。
(取材・文/大畑直悠)
地域包括ケアシステムは、高齢者が重度な要介護状態となっても、住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けられるように支援する体制を目指しており、国は市町村や都道府県が地域の自主性や主体性に基づき、地域の特性に応じて支援体制をつくり上げるよう求めている。自宅や介護施設といった場所を問わず、高齢者が各種支援を受けられるように、医療、介護、行政などの複数主体が協調する点が特徴で、具体化に向けては、必要なタイミングで必要な支援を提供するために、業種を越えた情報連携が求められている。ITベンダー各社はデータ連携の仕組みやコミュニケーションツールに加え、多職種連携のハブや住民の相談窓口などの機能を有し、地域包括ケアシステムの中心的役割を担う「地域包括支援センター」の業務改善につながる仕組みも提供している。
25年を指標としたのは、団塊の世代の全員が75歳以上となり、医療や介護の需要の増加が見込まれるためだ。ただ、業界を越えた複数の業者や団体が関わるため、どこが主導するかが曖昧で、コストや責任をどう負担するかも定めにくい。さらに個人情報を外部と連携することに対する警戒感も強く、実効性のあるかたちをつくりあげた自治体は少ないという。25年を「地域包括ケアシステムの元年」と位置付けるベンダーもおり、今後の伸長が期待される商機の獲得に力を入れている。
内田洋行
自治体との関係性を生かす
内田洋行は高齢者介護支援システム「絆Coreシリーズ」の提供で介護現場を支援している。地域包括ケアシステム関連では、多職種間でケアプランを共有する仕組みや、地域包括支援センターの業務効率化に貢献するシステムを用意。福祉分野で強固なつながりを築いてきた自治体との関係性を生かして事業の拡大を目指している。
(右から)内田洋行の井上由紀夫部長、
入江計典副事業部長、入谷彩月氏
地域包括ケアシステムの確立には、自治体が重要な役割を果たすと同社はみている。入江計典・自治体ソリューション事業部副事業部長は「長年、自治体向けの福祉のソフトウェアを提供してきた経緯から、子どもから高齢者までを対象としたシステムを持っており、地域のデータをつないでより良い生活を支援するソフトをつくることが、当社の大きなテーマになっている」と強調する。
地域包括支援センター向けには住民基本台帳や介護保険認定情報などとのデータ連携や、相談に対応するための検索機能などを提供している。また、予防ケアマネジメントの策定からモニタリング、評価までを一貫して支援する機能も備えている。
介護事業者の課題について、自治体ソリューション事業部地域福祉営業部地域福祉営業課の入谷彩月氏は「人手不足の影響で、少ない人数で業務を効率的に回すことを重視している。当社は商社でもある特性を生かして、AI議事録などの周辺ソリューションや器具も組み合わせた生産性向上を提案できる」と強みを説明する。
今後の製品開発では、生成AIを活用した機能の提供を予定しており、インカムで取得した音声記録のシステムへの反映や、ケアプランを立案する機能などを用意する。井上由紀夫・ICT&プロダクツデベロップメント事業部パブリックソリューション開発部部長は「AIは専門用語を学習した専用モデルで、介護事業者の負担を軽減する」とアピールする。
間接販売を重視しており、販売パートナーによる組織体「USAC会」を通して全国への拡販を進めている。また、専門的なプリセールスの部分は同社が対応する体制を整えており、USAC会に限らず幅広い販売パートナーを募る考えだ。入江副事業部長は「絆Coreは大幅なカスタマイズやSIを必要としないため、事務器店など介護施設に出入りするさまざまな事業者に販売してもらいたい」と呼び掛ける。自治体向けの攻勢も強める方針で、入江副事業部長は「直近では自治体標準化がパートナーの主なビジネスになるが、その後は福祉へのフォーカスが強まるだろう」とみる。
ワイズマン
多職種間の意思疎通を円滑化
ワイズマンは医療従事者向けの電子カルテシステムや介護事業者向けの介護保険サービスに対応したシステムのほか、医療と介護、家庭のコミュニケーションを支える「MeLL+シリーズ」で地域包括ケアシステムの構築を後押ししている。医療と介護にまたがる幅広い知見や関係性を武器にビジネスを拡大している。
ワイズマン
伊藤宏光 スペシャリスト
伊藤宏光・マーケティング本部ケアコミュニティ・デザイン・スペシャリストは「売上比率は介護が8割で医療が2割。MeLL+は約2~3億円ほどで、まだまだこれからという立ち位置だ。ただ、介護と医療の双方の情報を連携できることは貴重で、MeLL+があるから電子カルテも当社製品でそろえるというケースもあり、差別化点になっている」と話す。政府による地域包括ケアシステムの動きも追い風となり、同社の成長事業になっている。
MeLL+は医療や介護の法人間における高齢者のケア記録の共有やスケジュール調整、コミュニケーション機能などに加え、介護対象者の家族と情報をやり取りする機能も有する。伊藤スペシャリストは「かつてのように医療や介護の専門職同士が直接会話しながら介護対象者の身体の状態や心情を共有する余裕はなくなっており、ICTの活用は不可欠の状況だ」と強調する。
自治体向けの取り組みも進めている。地域包括支援センターにMeLL+の導入を推進しており、自治体を軸として介護や医療が連携する仕組みづくりに取り組んでいる。自治体にはセミナーの開催や導入後における他職種との関係づくりを含めた伴走支援も手掛けている。
直販と間接販売の比率は半々ほどで、主なパートナーには大塚商会やリコーなどがいる。パートナーに対しては、単なる製品の紹介だけではなく、製品の保守やパートナーが持つ商材と組み合わせたソリューションとしての価値提供を期待する。
伊藤スペシャリストは「重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けること、安心して医療・介護を受けられることに加えて、本人・家族のQOLをどこまで維持できるかが地域包括ケアシステムのKPIとなる」と話し、高齢者の生きがいや目標をくみ取るコミュニケーションの支援、その余力を生み出す効率化に資するサービスを届けたいとする。
エヌ・デーソフトウェア
介護DXへの期待に応える
地域包括ケアシステム実現の重要なかぎをにぎる介護事業者にとって、業務効率化は喫緊の課題となっている。深刻な人手不足を抱える中で、高齢者のうち、特に介護需要が高まるとされる85歳以上の人口は増加し続けるからだ。この流れを受け、介護DXへの期待が膨らんでいる。
エヌ・デーソフトウェアの海原敏浩執行役員(右)と
迫田武志シニアマネージャー
エヌ・デーソフトウェアはケア記録や請求業務を効率化する「ほのぼのNEXT」を主力製品として、7万を超える介護事業者を支援している。自社開発の基幹系システムも提供しており、顧客の業務を一貫して支援できる点を優位性として大手事業者を中心にビジネスを展開する。
同社は地域包括支援センター向けにアセスメントや相談受付、請求管理などの幅広い業務に対応する機能を提供しており、迫田武志・戦略マーケティング部シニアマネージャーは「地域包括支援センターが軸となって地域の介護や医療の連携の全体像を描くことになる」との見方を示す。今後は政府が進める「全国医療情報プラットフォーム」といった、医療機関や介護施設、公衆衛生機関、自治体が保有する情報を集約して閲覧・共有する情報共有基盤の構築の動きを注視しつつ、製品開発やビジネスの展開を検討していく構えだ。
介護業界のDXの動向については請求や記録周りのデジタル化は一定程度進んでおり、体温計や血圧計と連携した情報の自動入力や音声入力といった領域に取り組む顧客が多いとする。AIへの関心も増加しており、同社でもケアプランを自動で作成する機能を提供する。また、排せつなどのタイミングを予測する機能の開発も進めている。
介護業界向けのIT製品は乱立している状況であり、顧客への導入支援にも力を入れている。執行役員の海原敏浩・戦略マーケティング部部長は「便利な製品がいろいろ出てきた中、ソリューション地獄とも言える状況でもあり、顧客ごとに必要な製品の選定を支援している」と紹介する。製品サポートの強化にも注力しており「サポートのエヌ・デーソフトウェアという点を一番強く打ち出している」と強調する。
今後はパートナー戦略を強化し、約300社のパートナーとの連携強化や新規パートナーの獲得に力を入れる。介護に関する専門的なサポートは同社が担いつつ、PCの故障対応などは役割分担して顧客を支援する体制を築いている。
小規模事業者向けにはグループ会社が「ほのぼのmini2」を展開。小規模事業者が多い介護業界では、M&Aなどによる大規模化の動きも見られることから、海原執行役員は「大規模化に伴い、ほのぼのNEXTへ切り替えていくスキームを築きたい」と話す。