顧客ニーズの変化や、生成AIなど日々発展する新しい技術を自社製品に取り込むため、パッケージソフトウェアのSaaS化に取り組む企業は多い。一方で、SaaSのビジネスモデルへの転換はインフラのクラウド移行という技術的な問題だけではなく、開発手法の見直しや営業のあり方を見直すなど、ビジネス面の変革も必要になる。アマゾン・ウェブ・サービス・ジャパン(AWSジャパン)が展開するSaaSビジネス支援の施策と、同社の後押しを受けてSaaSビジネスの拡大に挑むITベンダーの取り組みから、成功へのかぎを探る。
(取材・文/大畑直悠)
アマゾン・ウェブ・サービス・ジャパン
SaaSビジネスの立ち上げを一貫して支援
AWSジャパンは2024年11月に発表した「AWS SaaS 支援プログラム」により、SaaSビジネスを推進する企業を体系的に支援している。パッケージソフトを開発・提供するITベンダーや、これからSaaSビジネスを展開する企業向けに、クラウドに関する技術的な援助に加え、SaaSビジネスの立ち上げや販売促進、組織マネジメントのサポートまで一貫して提供する点を特徴としている。
同プログラムは、オンプレミス向けのパッケージソフトのSaaS化などを支援する「Migrate to AWS」、モダナイゼーションやアジャイル開発力の強化といった競争力のあるSaaS開発を推進する「Innovate with AWS」、ISVやSIerらが開発した製品を販売できる「AWS Marketplace」への出品やAWSジャパンの顧客とのマッチング、SaaSの海外展開をサポートする「AWS Global Passport」などでビジネスの拡大を後押しする「Scale with AWS」を用意。顧客の取り組みの段階に合わせて提供しており、必要に応じて各支援内容を組み合わせた伴走支援を展開する。
また、SaaSビジネスに関わる集合研修「SaaS Boot Camp」を定期的に開催しており、毎回の参加企業は30~40社を超えるという。
AWSジャパン
末永 元 Manager
国内では、ISVが既存のパッケージソフトを基に新規ビジネスを始めるときや、大企業のシステム子会社がグループ企業内で利用する目的で開発したソフトのマネタイズを検討する際、SaaS化が選択肢に入ることが多いという。一方で、収益の上げ方の変化に対応する組織づくりや、継続的なバージョンアップに対応する開発体制の構築といった、技術以外の部分で足踏みする企業もいる。末永元・事業開発統括本部ソリューション事業開発(SaaS領域)Sr GTM Solution Managerは「SaaSはビジネスモデルであるため、何かをすれば完成ということではない。特に、パッケージソフトを手がける企業にとっては既存ビジネスとはまったく別物になる」と話し、コンサルティングサービスの提供で、継続的な製品改善のサイクルを回せる組織や文化づくりの支援を重視している。
同プログラムのユーザーの特徴として、パッケージシステムの移行に加え、製品の競争力の強化に軸足を置く企業も多いという。常務執行役員の佐藤有紀子・デジタルサービス事業統括本部本部長は「売り切り型のビジネスモデルに対して、SaaSビジネスではフィードバックを集める体制を築き、新しい価値を出し続けることが重要だ」と指摘する。
AWSジャパン
佐藤有紀子 常務
製品価値の向上でかぎになるとみているのが、生成AIの活用だ。山田俊則・デジタルサービス事業統括本部ISV/SaaS営業本部本部長は「生成AIを無視するというのはもはやあり得ない。急速な生成AIの成長に自社プロダクトを合わせるために、SaaS化へとかじを切る企業がほとんどだ」と話す。生成AIの活用を支援する「生成AI 実用化推進プログラム」も併用しながら、製品の生成AIへの対応を推進している。
AWSジャパン
山田俊則 本部長
ISVの開発力を向上する上でも、生成AIを積極的に利用し、製品アップデートのスピードを上げることが重要になるという。佐藤常務は「少ないエンジニアで早く(新機能を)つくれるようにすることも含めて、ISVの顧客とISV自身にベネフィットがあるような支援を展開する」と話す。
弥生
組織体制の見直しで、開発スピード向上
弥生はクラウドサービスの新ブランド「弥生Next」のビジネス拡大に力を入れている。「弥生給与Next」や「弥生会計Next」といった製品に、勤怠管理や労務管理、請求書管理、経費精算などの多様な周辺業務支援機能を盛り込み、中小企業のバックオフィス業務を支援するブランドとして育てている。
弥生
佐々木淳志 部長
同社は弥生Next以前にも、クラウドサービス「弥生オンライン」を提供していた。業務プロセスの自動化に焦点を当てた弥生オンラインに対して、単なる業務効率化にとどまらず、経営の意思決定の高度化まで支援する製品として、弥生Nextをゼロベースでつくり上げた。佐々木淳志・プラットフォーム開発本部プラットフォームエンジニアリング部部長は「弥生Nextの製品開発では、会計ソフトのあるべき姿を改めて考え直し、顧客に提供する価値を再定義している」と話す。
パッケージシステムに対して、クラウド製品では機能の追加やユーザー体験のフィードバックを集めることが重要になるといい、営業や電話サポートなど、多様な顧客接点から得られる情報を一元的に集約して管理する仕組みを構築し、製品開発に反映させている。
また、弥生Nextの立ち上げに合わせて、ユーザーに対して製品の定着を支援する米Pendo.io(ペンドドットアイオー)の製品を導入。顧客の利用状況を細かく把握・分析することが可能で、ガイドを機能で製品の使い勝手を向上したり、製品の改善に役立てたりしている。
弥生
広沢義和 部長
弥生Nextの立ち上げの際、組織体制も見直した。従来はマーケティング本部と開発本部が独立しており、要望を受けて製品開発をしていた。佐々木部長は「ある意味では同じ会社でありながら受託開発のようだった」と表現する。エンジニアも顧客の要望を理解しながら製品を改善するために、それぞれの人材を集め、弥生Nextをつくる専門の部隊「次世代開発本部」を立ち上げ、25年8月には事業部制に移行した。デベロッパー部隊も開発と運用を一元化し、ここにビジネス面の担当者も加わったBizDevOpsの体制を構築している。広沢義和・NEXT BUクラウドプロダクト企画部部長は「アジャイル開発ができるようになったことで、スピード感と柔軟性を持ってものづくりができる環境になった」と手応えを語る。
今後はクラウドサービスの拡張性を生かして、成長企業への導入を目指すとともに、弥生Nextの多様な機能の活用を促し、アップセルを狙う。AI機能の拡充を目指す専任組織も立ち上げ、さらなる提供価値の向上に取り組む構えだ。
Works Human Intelligence
開発力強化で提供価値を拡大
Works Human Intelligence(WHI)は、統合型人事システム「COMPANY」を19年にSaaS化し、ビジネスの拡大に取り組んでいる。27年をめどに全ての顧客をSaaS版に移行することを目指している。移行は順調に進んでおり、大手企業などの大規模な案件を計画的に進めている状況だ。
SaaSビジネスを本格化するにあたり、開発や営業、保守、コンサルティングといった、これまで縦割りだった組織を見直し、SaaS事業を推進する横断的な組織を立ち上げた。加えて、SaaS版に対する顧客満足度や課題を収集、分析する経営メンバーのミーティングを開き、全社的にSaaS版の普及に取り組んでいる。
WHI
奥間浩史 上席執行役員
製品のSaaS化を進めた背景として、上席執行役員の奥間浩史・SaaS事業推進Div.統括は「人事に求められる業務の多様化や、リモートワークなどワークスタイルの変化に合わせて、製品の柔軟性や開発力を上げる必要があった。オンプレミス環境への導入で求められる個別の環境への検証が不要になり、開発リソースを集約できるようになった」と説明。クラウド化によりインフラ部分を同社が一元的に管理できるようになったことで、顧客の環境に左右されないフィードバックを集めやすくなり、製品改善の迅速化にもつながったという。奥間上席執行役員は「営業としてもインフラの話ではなく、本来提供したい人事領域の業務改善という価値の説明により時間を費やせるようになった」と話す。
製品をクラウド化したことで、顧客のデータを基にベンチマークを示す機能の提供も可能になった。加藤文章・Product Div. Advanced Technology Dept. Dept長は「顧客がCOMPANY内に蓄積したデータと、当社が持つデータを利用して、女性管理職の割合など、同業他社の平均的な指標と比較できるようになる」と紹介。顧客の経営の意思決定に資する機能として発展させている。
WHI
加藤文章 Dept長
生成AI機能の開発にも取り組んでいる。同社は24年6月に子会社化したサイダスのタレントマネジメント製品を取り込んだ「COMPANY Talent Management」を提供している。奥間上席執行役員は「タレントマネジメントは顧客ごとに定まった答えがない領域。何が必要とされているかニーズを広く捉え、製品開発に反映させる体制が重要」と分析した上で、意思決定などの非定型業務の効率化に生成AIを活用する考えを示す。25年7月には、人材配置を支援する「COMPANY Bizmatch」を提供開始した。