大手SIerの好業績が目立ち、IT業界は隆盛を極めているように見える。しかし、生成AIの普及と進化でシステム開発・運用のあり方は大きく変わり、ITビジネスの構造にも影響を及ぼし始めている。創刊45周年を迎えた週刊BCNは、本号から3回にわたる特集を通じて、AIがITベンダーの経営にどのような変化をもたらすかを考察する。
第1回は、IT業界で長らく続いてきた「人月ビジネス」と生成AIの関係に焦点を当てる。多くのSE・プログラマーを動員して行う開発工程が自動化されれば、人員数と稼働時間に応じて対価を得る受託開発ビジネスは、収益構造の見直しを迫られる。SIer各社は上流工程に軸足を移し収益を確保しようとしているが、組織改革や人材育成、収益モデルの確立は容易ではない。“脱人月”に向けたビジネスモデルの転換に立ちはだかる壁と、それを乗り越え収益力を高めようとする主要SIerの取り組みをレポートする。
(取材・文/安藤章司、山本浩資、南雲亮平)
脱人月にかじを切る理由とは
AIでプログラム開発が自動化
従来のシステム構築では、設計から構築・開発にかけて最も多くの人的リソースを投入していたが、AIの登場によってソースコード生成の大半を自動化できるようになった(図1参照)。AIによって開発工数が減った場合、従来と同じ人月単価で料金を計算すれば、売り上げは減る。例えば、これまで1年かかった開発を半年で完成できるようになっても、ユーザー企業から「工数が半分だから価格も半分」と求められれば、SIerにとっては生産性向上が収益のアップにつながらないことになる。
図1 「従来型SI」と「AI時代のSIモデル」の人的リソースの変化
BIPROGY
奥山直哉 執行役員
BIPROGY執行役員の奥山直哉・ビジネスサービス部門副部門長は、今後について「かかる人月みたいなものは、明らかに少なくなると思う」とみる。一方で、AIが作業を効率化しても、人による検証や顧客側の確認、社内手続きなどは残るため、プログラミング部分の生産性の向上と同じ割合で全体の開発期間が短くなるわけではない。人月型の仕事は急になくなるのではなく、「ゆるいカーブでシュリンクしていく」との見方だ。テラスカイ取締役専務執行役員の今岡純二・クラウドインテグレーション統括本部統括本部長も、「プログラム開発や実装の部分“だけ”を切り取れば、4割程度の工数削減は可能」とみる。
テラスカイ
今岡純二 専務
また、人材育成の面で課題を指摘する声もある。中堅SIerのキューブシステム常務執行役員の熊谷謙吉・営業統括は、「(人月型の受託開発ビジネスは)案件を通じて蓄積される技術や業務ノウハウがSE個人の経験に帰属し、組織的な資産として蓄積されにくい構造であった」と話す。仕様書の通りにプログラムを書くだけの技術者は、容易にAIに置き換えられてしまうだけでなく、会社全体で見ても、価値を生み出す知的資産やノウハウが残りにくいと指摘する。
キューブシステムでは、技術者個々人がモノ(プログラム)をつくる経験や思考プロセスを通じて養う検証能力を重視しつつも、「当社の得意とするクラウド技術や人的資本管理などのノウハウを、自社のサービスとして資産化し、顧客へ継続的な価値を提供する事業基盤の構築」(常務執行役員の藍原広治・クラウドソリューション事業本部長)を目指す。技術者が日々のSI案件のなかで得たノウハウを会社の資産であるオファリングやソリューション、サービスに変えて価値創出につなげる考えだ。
キューブシステムの藍原広治常務(左)と熊谷謙吉常務
上流工程に食い込む切り札に
仕様書の通りにコードを書く工程の多くはAIに置き換え可能であり、他社との差別化が難しい工程でもある。そこで主要SIerが着目するのは、付加価値が見込める業務分析や要件定義といった「上流工程」だ。
ただし、これまで手渡された仕様書の通りにプログラム開発を行ってきたSE・プログラマーが、ある日突然ユーザー企業に向けて「御社の業務課題を分析し、解決に導きます」と提案するのはハードルが高く、すんなりと聞き入れてもらえる可能性も低い。自社が保有する課題解決のノウハウや知見を、オファリングなどのかたちに体系化・可視化し、ユーザーへの提案力を高める取り組みは、ユーザー企業に自社の提案を受け入れてもらう“切り札”の役割も担う。
富士ソフト
米野宏明 常務
富士ソフトもオファリング提供の拡大へ大きくかじを切ったSIerの一社だ。同社は過去10年にわたって、新卒者800人に中途採用者を加え、毎年1000人余りを採用し、いち早くシステム開発の最前線に送り込むことで成長してきた。大規模案件におけるSE需要に応えられる「動員力」は富士ソフトの大きな強みだったが、それは「既存の顧客や案件に対して有効なのであり、人月型の受託開発の手法で新規顧客を開拓したり、上流工程からプロジェクトに参画したりするのは難しい」(常務執行役員CMOの米野宏明・マーケティング統括部長)と限界を感じていた。
同社は、製造業や流通・小売業向けSIで長年にわたって実績を積んできた強みを生かし、スマート工場やフィジカルAI、エージェンティック・コマースなどのオファリング体系の整備を急ピッチで推進。例えば、「AIを活用して工場をスマート化しようと考える製造業ユーザーが、真っ先に相談する相手として富士ソフトを想起してもらえるよう」(同)、自らのオファリングに磨きをかけている。同社の売上高全体に占めるオファリング関連の比率は2割弱だが、早い段階で3~4割に高めていく方針を掲げる。
オファリング化でも売り上げは下がる?
「2回戦」でボリュームを確保
AIで開発工程を自動化できる時代に、SE・プログラマーの動員数に応じた「1人月〇〇万円」で価格を決めていては、案件あたりの売り上げ規模が小さくなるのは避けられない。BIPROGYの奥山執行役員は、重要になるのは価値の捉え方だとする。「同じものをつくるのに今まで1年かかったものが半年でできる」ことに価値が生まれると指摘。開発期間の短縮だけでなく、品質向上、同じ人数で対応できる業務範囲の拡大、障害発生時の原因究明や対応の迅速化なども価値につながる。
つまり、オファリングは投入した工数に対する対価ではなく、ユーザー企業にもたらした成果・価値に対する対価へ移行できるかが課題になる。ただ、BIPROGYでも、こうした価格体系が完成しているわけではない。奥山執行役員は、「これをどう売り上げや利益に反映させるかというところが、今一生懸命立てつけている最中」と説明した。
もう一つの策が「2回戦」だ。仮にAIによって一つの案件に必要な工数と期間が半減するなら、同じ期間に2案件をこなし、従来の仕事量と収益を確保する発想だ。とはいえ、奥山執行役員は2回戦できるほど案件が存在するのか、ユーザー企業側の確認などを含めて本当に開発期間を半減できるのかという課題もあると認める。実際に2回戦している案件はまだなく、2026年度から打ち出した新しい考え方だ。
脱人月はなぜ30年できなかったのか
「自社だけでは解決できない」
SI業界では長らく、人月型の受託開発ビジネスからサービス/ソリューション型のビジネスへの移行が叫ばれていた。ここ数年の生成AIの普及とは関係なく、SIerの経営課題として長年指摘され続けてきたテーマだった。それでも昔から人月型のビジネスが長年残ってきた背景について、BIPROGYの奥山執行役員は、「顧客側もわれわれも、おそらく人月のほうが都合がよかったのだと思う」とし、発注側と受注側の双方にとって使い勝手の良い仕組みだったと指摘する。
ユーザー企業は「何人月」と発注すれば、必要な人的リソースをSIer側に確保してもらえる。SIer側も一定の人員と単価を前提に事業計画を立てやすい。元請けSIerが下請けのパートナー企業に仕事を発注する際も人月を基本としており、奥山執行役員は「自社だけでは解決できない」として、多重下請け構造の問題が残ると説明する。発注元のユーザー企業から元請け、協力会社まで人月でつながる構造が定着しているため、一社だけでは容易に変えられない事情もあったという。
キューブシステムの藍原常務は、脱人月が長年実現しなかった理由について、「関係する企業にとって合理的で優れた仕組みであったからだ」と話す。人月計算によって確実に売り上げが見込め、大規模案件への対応や人材育成においても効果的な土壌として機能していたため、リスクを冒してまで変革を断行する切迫感が乏しかったのが実情のようだ。
しかし、AIの登場によって、従来の「人手を投入して課題解決を図る」構造に限界が見え始めた。脱人月は、情報サービス業界にとって30年来続いてきた「古くて新しい課題」ではあるが、かつてないほど危機感が高まっている。
人月ビジネスから脱却する方策とは
SIの知見をAI駆動開発に生かす
では、主要SIerはどのようにして人月ビジネスから脱却しようとしているのか。JBCCは、ローコード開発ツールを駆使し、アジャイル方式でSIを行う独自の開発手法「JBアジャイル」を採用した。同社は過去10年にわたってJBアジャイルを推進し、約400件の基幹業務システムを刷新してきた実績を持つ。
仕様が固まるとすぐにプロトタイプを生成してユーザーに触ってもらい、要望と異なればつくり直す。この手法により、ユーザーが望むシステムを構築できる上、納期の短縮やコストの抑制も可能になる。こうした利点がユーザー企業に認められ、27年3月期までの3カ年中期経営計画で掲げていたシステム開発全体の75%をローコード開発で行う目標の達成が目前に迫っていた。だが、AIの技術進化が予想以上に早く、これまでローコード開発に割り当てていた人材を「AI駆動開発」のための技術開発に振り向けることを決めた。75%という目標も取り下げた。
JBCC
千田朋介 専務
AI駆動開発においても、「数々の基幹業務システムの構築実績があるJBアジャイルのノウハウを継承していく」(取締役専務執行役員の千田朋介・SI事業担当)とともに、同社がSIビジネスで蓄積してきた業種・業務の知見を「長期記憶」としてAI駆動開発に組み込む(図2参照)。
図2 AI駆動開発の統合基盤
JBアジャイルを通じて分かったことの一つに、最も人的リソースを必要とする開発工程の省力化で、ユーザー企業の「内製化」が進行した事象が挙げられる。アジャイル開発は、ベンダーとユーザーの担当者がチームを組んでプロトタイプを開発する手法であり、開発主体がユーザー企業へと移っていく。開発スタイルも人月ベースの「受託型」から「伴走型」へと変わり、JBCCの収益モデルも“つくって終わり”の「フロー型」から、継続して支援する「ストック型」の比率が高まった。これにセキュリティーやクラウドなどのサービス型の商材の拡充を加えることで、営業利益率は21年3月期の4%から、26年3月期には10%に高まった。
JBCCは、AI駆動開発向け統合基盤の構築を推進している。基盤にはSIerとして蓄積してきたユーザー企業の業種・業務に関するノウハウや、アジャイル開発の知見が盛り込まれている。これををユーザー企業に使ってもらうとともに、「ユーザー企業が主体となるSIを伴走支援することで、人月に依存しないストック型のビジネスモデルへの転換」(JBCCの鶴俊治・SI事業技術戦略本部本部長)を目指す。
JBCC
鶴 俊治 本部長
アセットで“手触り感”を出す
日鉄ソリューションズ(NSSOL)は、28年3月期までの3カ年中期経営計画で、人月ビジネスからの脱却を強く意識した「TAM」型ビジネスモデルを強力に推進している。AI駆動開発を取り入れて従来型のSIをトランスフォーメーション(転換)する「T」と、業種・業務のノウハウを自社アセット(資産)化する「A」、複数のユーザー企業が一つのシステム基盤を共同利用するマルチプラットフォーム化の「M」を組み合わせたものである。27年3月期の同社全体の連結売上高は4170億円を見込んでいるが、うちT型を29%、A型を21%、M型を1%として、TAM型比率を半分まで高めていく目標を掲げている。
併せて、26年4月から、ユーザー企業のデジタル変革を支援するコンサルティングサービス「Corepeak(コアピーク)」を本格的に立ち上げた。Corepeakでは業種・業務に合わせた詳細な変革シナリオを作成し、体系化したオファリングを通じて、ユーザー企業の経営戦略や業務改革の上流工程にアプローチする手法である。
日鉄ソリューションズ
伊藤宏樹 部長
脱人月の切り札であるTAM型モデルを実践するには、Corepeakのようにシステムの仕様が固まる前の段階からユーザーに寄り添い、伴走しながら同じ視座に立って最適解を見つけ、自社アセットなどで構成したオファリングを提案する必要がある。つまり、「全体的に上流工程に寄っていく」(伊藤宏樹・オファリング&コンサルティングセンター部長)ことが重要になる。
開発フェーズはAI駆動で進め、蓄積した知見は自社アセットに還元する。場合によっては、共同利用型のビジネスプラットフォームを提供する流れもつくるなど、「CorepeakとTAM型は相互補完の関係にある」(横山甲・技術本部技術戦略統括部部長)。
日鉄ソリューションズ
横山 甲 部長
オファリングの基礎となる自社アセットづくりは、ユーザー企業の業種・業務を深く知ることが出発点となるだけでなく、とかく抽象的になりがちな変革シナリオをシステムに落とし込む際、プロトタイプとしての“手触り感”を出すための重要なツールにもなる。手触り感は、上流工程を得意とするコンサルティング会社との差別化にもつながる。NSSOLにとって、脱人月のかぎを握るのがCorepeakとTAM型ビジネスだと言える。
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生成AIでシステム開発のあり方が急変する中、“脱人月”はSI業界における大きな課題であることは間違いない。しかし、各社の取り組みに共通するのは、人月ビジネスの否定から入るのではなく、ユーザー企業の課題をよりスピーディーに解決する道筋を追求することで、結果としてエンジニアの数や稼働時間に依存しない収益構造が築かれる、という姿を目指していることだ。AIはこのビジョンを実現するためのツールという位置付けである。
企業の数だけ異なる課題があるとすれば、人月型のITビジネスがなくなることはない。問われるのは、エンジニアの稼働が顧客にどんな価値をもたらすのかという、ITビジネスの根本命題だ。
どうなるSEのキャリアパス
「多能工」や「モブプロ」で新人を教育
AI駆動開発の比率が増えると、新人をどう育成するかという課題が浮上してくる。伝統的なSIビジネスでは、プログラマーとしてソフトウェア技術の基礎を身に付け、その後に客先に出向いて現状分析や要件定義を行うSEとして経験を積み、プロジェクトマネージャー職へと昇進するキャリアパスが一般的だった。だが“新兵訓練”に相当するプログラム開発工程の縮小は、人材育成のプロセスそのものの見直しを迫る。
テラスカイ
佐藤秀哉 社長
Salesforceプラットフォーム上のSIを強みとするテラスカイは、技術者に複数のスキルを身に付けてもらう“多能工”を重視してきた。ユーザー企業の業務分析から要件定義、設計・開発、テスト、保守に至る「上流・中流・下流の一連の工程を一通り経験して多能工になってもらい、仮に開発工程が自動化しても別の工程で職能を発揮できるスキルづくり」(佐藤秀哉社長)を意識的に進めてきた。
多能工は、製造業で一つの製品やモジュールの組み立てを少人数で完結させるセル生産方式(屋台方式)から着想を得たもので、ベルトコンベアーの横で単純作業を繰り返す“単能工”(ライン工)と対をなす概念だ。AI駆動開発の時代では、多能工的なスキル開発も解決策の一つだろう。
NSSOLは、プログラム開発におけるコード生成の速度や品質では、新人よりAIのほうが格段に優れていることを逆手に取り、複数の新人がAIについて学ぶモブプログラミング(モブプロ)と呼ばれる手法を試験的に採用し始めた。AIがハルシネーション(誤った情報の生成)を起こした際に指摘できるよう、コーチ役としてベテランSEを一人つけるのがポイントだ。技量が高まってきたら、自社アセットの開発に従事させる。アセットはユーザー企業の業種・業務を学ぶのに役立つとともに、設計から開発、テストまでを自社内で完結できるため「新人の実践場所としても役立つ」(横山部長)という。
今すぐ人月型の受託開発ビジネスがゼロになるわけではないが、労働集約型の開発は確実に減少していく。新人育成やSEのキャリアパスも含めて、人材活用のあり方を再構築していく必要があるだろう。