顧客に接近、パートナー動かす
──そのお話だけだと、とくに大きなハードルはないように聞こえますが…。
丸井 いや、課題はここからで、これがなかなかうまくいかないんですよ。こうした金融業の顧客に向けたアセスメントは、TISのなかで確立された手法がすでにあるのです。このため、ドキュメントはまず日本語で作成し、これを中国出身の当社社員に訳してもらう方法を採りました。ところが、顧客と意思疎通ができない。翻訳はむしろ上出来なのですが、言語明瞭・意味不明のような状態に陥り、日本から出張してきた日本人スタッフは、もうお手上げでした。
見かねた中国の当社社員が、「ならば、私たちにやらせてほしい」と言ってくれたのです。中国のスタッフが中心となってドキュメントを作り直し、再度コミュニケーションをとったところ、顧客の反応は見違えるほどよくなりました。日本のスタッフのこだわりもできる限り反映したのですが、日本語による成果物は存在しません。この案件で、橋渡し役を担ってくれたビジネスパートナーも、当社と顧客が急接近したのに手応えを感じたのか、より積極的に力を貸してくれるようになりました。
──つまり、ビジネスパートナーに最前線を担ってもらうとしても、突き詰めれば御社自身の提案力、営業力がビジネスの成否を決める、と。
丸井 その通りです。しかも、中国出身の若手社員にTISのこれまで積み上げてきたノウハウや知見を今以上に身につけてもらい、顧客に当たってもらう。日本人が前面に出ているうちはダメです。顧客へのアプローチをより積極化させるために、11年4月には北京に営業所を開設する予定です。この10月には、ソランの北京現地法人のオフィスに間借りするかたちで準備室を置きました。
──TISとソラン、ユーフィットの3社は来年4月をめどに合併する予定ですね。
丸井 3社ともITホールディングスグループ同士ですが、現段階で中国現地法人がどのような体制になるかは、まだコメントできません。
──日系大手ITベンダーが中国でのDCビジネスに相次いで参入しつつありますが、どう闘いますか。
丸井 先行者メリットを最大限生かします。今回、中国の地場系金融機関からの受注がほぼ確実になったことで、同様の金融案件にも弾みがつきます。ビジネスパートナーや顧客の間にも、TISがクレジットカードや保険など金融に強いSIerであるという認識が定着しつつあり、金融案件でお声がけをいただくケースも日増しに増えている。ただ、日系ライバル他社にリードできるのは、せいぜいあと半年ほどとみています。来年半ばには、相次いでDCが立ち上がってくるでしょうし、日本以外の外資系、中国地場SIerのDC設備もますます充実してきます。
こうしたなかで勝ち抜くには、ITホールディングスグループのSIerとしての総合力を発揮する以外にないと考えています。当社グループはDC事業だけでなく、総合SI事業を手がけています。業種に強く、かつ設計から開発、そしてDCを活用した運用のITライフサイクル全般にわたってサポートできる体制を中国でより強化していく。ビジネスパートナーとの関係もより緊密にします。スピード感をもって、正面から正々堂々とビジネスを挑む。近道はありません。
・気に入りのビジネスツール 仕事柄、出張が多い丸井崇総経理は、iPadに書類を入れて持ち歩く。紙の書類は複合機(MFP)でPDFに変換。iPadアプリ「GoodReader」で閲覧している。他にも情報管理「Evernote」、スケジュール管理「Pocket Informant HD」など、最新アプリで仕事の効率化を図っている。
眼光紙背 ~取材を終えて~
中国情報サービス市場は、ここ数年、年率25%前後で伸びている。ほぼゼロ成長の日本の情報サービス市場からみれば、すさまじいスピードで成長し、ビジネス環境は日々変化する。市場規模でも、今年、日本を追い抜くことがほぼ確実になるなか、丸井崇総経理は「中国では、変わらないこと、動かないことが最もリスクが大きい」と、変化への適応が何よりも大切だと説く。
迅速な経営は、海外ビジネスの経験が浅い多くの日系SIerの弱点であることも事実だ。合弁会社ともなると、合弁先との調整に時間がかかり、日本側の意思決定の遅れがそのままビジネスの遅れにつながる。自らの経験を踏まえたうえで、「意思決定のプロセスの明確化と仕組みづくり」をこれまで以上に急ぐ。
年率25%という驚異的な中国ITマーケットの伸びを上回る成長を持続するには、「より速く動くしかない」と、アクセルを強く踏み込む。(寶)
プロフィール
丸井 崇
(まるい たかし)1973年、東京生まれ、横浜育ち。96年、青山学院大学理工学部卒業。同年、東洋情報システム(現TIS)入社。99年、香港の現地法人に出向。02年、企画本部国際部。06年、大手金融顧客の次世代基幹システムの大型プロジェクトに従事。09年5月、天津TIS海泰インフォメーションシステムサービス総経理に就任。
会社紹介
天津TIS海泰インフォメーションシステムサービス(天津TIS海泰信息系統)は、ITホールディングスグループTISが中国天津市に設立した現地法人である。地元有力企業の天津海泰控股集団との合弁会社でTISが過半数を出資。2010年4月に1200ラックを収容する高品質DCを全面開業させた。DCにつなぐネットワーク部分は、香港とシンガポールに本社を置くパックネットと業務提携している。