IT投資はコア業務へ集約化
──では、SIerはどの階層で勝負をかければよいとお考えですか。
嶋本 特定のハードやOSをもたないSIerは、最初からハードやOS勝負のインフラ系のクラウドで戦うべきではありません。主戦場にすべきは業種・業務ノウハウが生かせるアプリやサービスの階層です。当社も自前で多数のデータセンター(DC)をもっていますが、これは他にいい設備がないからであり、DCインフラで勝負しているわけではない。むしろ安くていいインフラがあれば、それを活用してもいいとすら思っています。しかし、業務アプリやサービスでは絶対に負けられない。これがSIerの勝ち残る道です。
──アプリケーション層でクラウド化が進む現状を考えると、これまで大量に抱えてきた開発人員の仕事が減りませんか。
嶋本 開発が減ってうんぬんという話は、以前から指摘されていますが、当社に関していえば、あまり心配していません。クラウド型共有サービスをつくるのにも、まとまった開発パワーを必要としていますし、ユーザー企業の戦略上、共有化を避けなければならないコア業務に関しては、今後もカスタムアプリをつくり続ける必要があるからです。
アプリ層の共有化といっても、あくまでも業種共通の業務に限ってのことです。金融業にしても、小売業にしても、コンプライアンスや規制対応、会計基準など最低限対応しなければならない部分があります。これまでは個別で開発投資をしていたわけですが、ここを共有化してしまえば、コストは大幅に削減できる。その分、他社と差異化できるIT投資を独自に手厚く行うことができるわけです。
──国内市場は低成長が今後も続き、売り上げを伸ばすには海外進出が不可欠という見方が有力になっています。
嶋本 ご指摘の通り、国内市場は恐らく大きくは伸びないでしょう。ただ、これと当社の国内ビジネスの伸びとはあまり関係ありません。証券や保険業でのシェアはそこそこいただいていますが、産業系のシェアはまだまだこれからです。当社のコンサルティング部門は、伝統的に産業系が強いのに、SI部門は依然として十分なシェアを取れていない。このギャップを解消するだけでも、他社のシェアを奪うという意味も含めて、伸び率は非常に大きくなる。
──海外ビジネスはどうですか。
嶋本 2015年に中国・アジア地域で“第二のNRI”をつくる、というビジョンを掲げて、精力的にビジネスを進めています。主要顧客の一つ、セブン&アイ・ホールディングスグループをはじめ、多くの日系企業が進出しており、当社が出て行かないという理屈はありません。
当社の主戦場である業務アプリやサービスのレイアは、その国や地域によって、求められるものが大きく異なります。日本のNRIモデルをそのまま持ち込むのではなく、中国なら中国でのNRIモデルをつくる。こうした意味も込めての“第二のNRI”なのです。また、当社は自前主義ではなく、パートナーシップ主義ですので、オフショア開発などで深い取引関係にある地場の有力SIerとの連携も重視しています。中国・アジアでNRIを根づかせ、その国や地域の経済に貢献していくことで、ビジネスの拡大を進めます。
・こだわりの鞄 ドイツのディプロムコファービジネスバッグは、立てたまま扇形に開けて固定できる独特な形状をしている。「床に置いた状態で、片手で鞄を開いて必要なものを取り出せるので便利」(嶋本正社長)と、たいそうお気に入りの様子。最近はiPadを入れることも多いとか。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「クラウドによってSIerの二極化が進む」と、嶋本正社長は指摘する。シェアを根こそぎ奪っていくクラウド型サービスの特性を念頭に置いた発言だ。
例えば、コンプライアンスや規制対応などで、情報システムは定期的に手直しを迫られる。SI業界にとっては、そのつど“特需”的な潤いがもたらされた。ところがクラウド時代になると、この手直しがきっかけとなり「特定ベンダーの利便性の高いクラウドへ集約されていく」動きがより顕著になるというのだ。
ユーザー企業のビジネスにとって、本当の意味で差異化できる情報システムを手がけるSIerだけが勝ち残る。一方、差異化しにくいSIビジネスは、クラウドによって一掃されかねない。
今、NRIではクラウドでシェアを拡大する領域と、コンサルティングやSIで差異化する部分を峻別。SIやサービスにメリハリをつけていくことで、「再び成長軌道に乗せる」考えだ。(寶)
プロフィール
嶋本 正
(しまもと ただし)1954年、和歌山県生まれ。76年、京都大学工学部卒業。同年、野村コンピュータシステム入社。88年、合併により野村総合研究所技術部に配属。01年、取締役情報技術本部長兼システム技術一部長。02年、執行役員情報技術本部長。04年、常務執行役員情報技術本部長。08年、専務執行役員事業部門統括。08年、代表取締役兼専務執行役員事業部門統括。10年4月1日、代表取締役社長に就任。
会社紹介
野村総合研究所(NRI)の今年度(2011年3月期)連結売上高は前年度比4.0%減の3250億円、営業利益は同7.7%減の370億円の見通し。「SI業界優等生」と高く評価されてきたNRIですら、経済危機以降のおよそ2年間、業績が伸び悩んだ。リーマン・ショックがNRIが得意とする証券業を直撃したことが大きな要因となっているが、それと同じくらいに情報サービス産業の構造変化も大きな影響を及ぼしている。