所轄官庁が異なる二つの団体
──中国情報サービス業界団体は、中国軟件行業協会(CSIA)が有名ですが、「中国服務外包協会」とは何が違うのですか。 鐘 簡単にいえば、所轄官庁が違います。CSIAは中国工業和信息化部(工信部)で、われわれCITSAや今後設立する協会は中国商務部です。たとえるならば、工信部は日本の総務省、商務部は経済産業省に似ているところがあります。あくまで個人的な見方ですが、日本の総務省は規制やルールを策定する側面が目立ち、経産省は純粋に産業振興を目的としている印象を受けます。こうした側面は工信部と商務部にも当てはまる部分があって、われわれは純粋に産業振興やビジネスに重点を置いた、より民間色が濃い団体ということになります。もちろんCSIAとわれわれとで、多くの団体や企業が重複していますので、業界が二つに分かれているということではありません。必要に応じて業界団体を使い分けるというイメージでしょうか。
──情報サービス産業協会(JISA)とCSIAは、毎年、懇談会を開催していたのですが、両国の政治的緊張を受けて2011年11月の青島での「第15回日中情報サービス産業懇談会」を最後に中断したままです。 鐘 政治的なことについては申し上げる立場にありません。ただ、CITSAとしては、日本の情報サービス業の方々との協業を重視しています。CITSA内の分科会は、対外国向けでは日本、米国、欧州の地域別、対国内向けでは金融や通信キャリアなど業種別にそれぞれの分科会をつくる計画ですが、このうち対日分科会は、今年3月、他のどの分科会よりも早く結成しました。私自身、対日分科会の会長を務めており、これからはBASSの理事長としてだけでなく、CITSAの対日分科会長としても、中日の業界団体同士のさまざまな協業や調整を担っていく考えです。
──CITSAとして、対欧米向けの取り組みはどうお考えですか。 鐘 ややこしくて申し訳ないのですが、CITSAの理事長は、当協会BASS前理事長の曲玲年氏(現BASS首席産業専門家)が務めていますので、ぜひ彼に聞いていただきたい。ただ、CITSAの一メンバーとして意見を述べさせていただくとすれば、米国は巨大な市場ではあるものの、伝統的にインドへのオフショアソフト開発の流れができ上がってしまっている。人件費高騰や元高が続くなかで、インドと価格だけで勝負しても、われわれにとってあまりメリットがない。インドとは違うかたちで競争力を高め、「チャイナ・アウトソーシング」の知名度やブランド力を高めていくべきです。
中国と日米の意外な共通課題
──鐘理事長ご自身についてうかがいたいのですが、今年下期に設立が予定されている中国服務外包協会の理事長に就任されるのでしょうか。BASSは協会設立に主導的役割を果たしてきたことを考えれば、BASS理事長が初代会長になるのが順当という印象を受けます。 鐘 それは参加者全員で決めることですので、私に聞いても答えは出ませんよ。それにこうした業界団体のトップは基本的に会員団体・企業の持ち回りです。ただ、BASSは、確かに北京に拠点を置く地域団体に過ぎませんが、志としては中国全国のサービス・アウトソーシング業界の振興を目指しています。こうしたことからCITSAの立ち上げを巡っては、BASS前理事長の曲さんは相当に尽力され、結果として会員団体・企業からCITSAの理事長に推挙された経緯があります。
──今年1月に曲前理事長の後任としてBASS理事長に就任されたわけですが、人件費や為替以外の課題は何だとお考えですか。 鐘 中国では百度やアリババ、新浪微博、騰訊など、米国のGoogleやFacebook、Twitterに相当するサービス事業者が、それこそ億人単位のユーザーを抱えて急成長してきました。一方、サービス・アウトソーシング業界も中国の経済成長率を大きく上回る速度で成長しているのですが、将来を担う若者の視点でみると前者は格好いいけれど、後者、つまり企業向けのB2B領域は地味で夢がないと誤解されがちです。日本の情報サービスも「3K」などと揶揄されることがあると聞きますし、米国でもいわゆる西海岸のIT業界は革新的で、東海岸のIT業界は、われわれと同様にB2Bがメインで、どちらかといえば地味にみられるという話も聞きます。
こうした誤ったイメージを抱く若い人たちだけを責めるわけにはいかない。私たち自身も、もっと若い人たちが大きな夢を描けるような業界にしていかなければなりません。実際、企業経営に欠かせない基幹業務システムをはじめ、電力、鉄道、福祉、環境、医療のあらゆる分野で、私たちがつくったITが活用されているのです。とてもわくわくする仕事だと思いませんか。
──意外にも日中米の情報サービス業界は同じような課題を抱えているのですね。 鐘 だからこそ、競争だけでなく、協業も可能なのです。B2B領域は企業や社会を支える重要な基幹システムを担っているわけですが、日欧米ともに成熟国としてこの領域の経験は豊富。中国は巨大な国内市場を擁する国です。成熟国のベンダーが培ってきた経験は、中国でも必ず生かすことができます。CITSAや今後誕生する協会は、こうした国内外のIT系団体や企業の協業のプラットフォームとして機能させていきたい。

‘対日分科会は、他のどの分科会よりも早く結成しました。日本との協業を重視している証と理解していただきたい。’<“KEY PERSON”の愛用品>合弁事業の調印式で使ったペン ある日中合弁事業の調印式でサインするのに使ったペン。その席では、日本側の大手SIerのキーパーソンがサインしたペンを鐘氏に手渡して、鐘氏も同じペンを使ってサインした。「今でも大切に使っている」そうだ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
北京服務外包企業協会(BASS)の鐘明博理事長は、多忙な日々を送っている。1か月のおよそ3分の1は、大手SIerで浙江省杭州市に本社を置く浙大網新科技(INSIGMA)で執行総裁として執務し、残りは国内外を飛び回る。こうしたなかで業界団体の仕事を引き受けたのは、中国の若者にとって「B2B領域の情報サービスビジネスがもっと魅力的に感じられるよう、振興に努めたい」(鐘理事長)という強い思いがあったからだ。
中国では百度やアリババなどのネット系ビジネスは隆盛だが、企業や国、社会を支える基幹システムを担うB2B領域は、ややもすれば「地味で、将来の夢を感じにくい」という印象がある。実はこうした点は日本も同じで、日本では「3K」と揶揄されたりする始末だ。B2B領域の大切さ、やりがい、夢をもっと若い人たちに感じてもらうには、「B2Bビジネスをもっと魅力的にする必要がある」として、BASSも加わる連合会CITSAや今後設立する予定の全国協会の活動に意欲的に取り組んでいる。(寶)
プロフィール
鐘 明博
鐘 明博(Zhong Mingbo)
1967年、中国遼寧省鞍山市生まれ。90年、清華大学電気工学部卒業。ソフトウェア会社勤務を経て、01年、浙大網新科技(INSIGMA)の出資を受けるかたちで北京新思軟件技術を設立。浙大網新科技執行総裁兼サービス・アウトソーシング事業グループ総裁、北京新思軟件技術董事長。14年1月、北京服務外包企業協会(BASS)の理事長に就任。
会社紹介
北京服務外包企業協会(BASS=北京サービス・アウトソーシング企業協会)は、北京のSIerやソフト開発会社(ISV)などで構成される北京地域の情報サービス業界団体である。歴史的には北京地域だけでなく、中国全国の地域情報サービス業界団体との交流を積極的に進めてきたことから、昨年11月の全国連合会「中国信息技術服務与外包産業連盟(CITSA)」の設立では中心的な役割を果たしている。